-学識者による研究レポート-
後藤 孝夫 氏
中央大学経済学部
航空・空港事業を含む日本の交通市場は、人口減少や生活様式の変化に伴い、利用者数の減少や深刻な人材不足といった構造的な課題に直面している。こうした背景から、近年では市場縮小を前提とした「競争から協調」への転換、経営資源の最適配分、および利用者視点に基づくサービス統合が喫緊の課題となっている。そこで、交通事業者が抱えるこれらの課題を解決する有効な手段として、事業者間連携の必要性が強く指摘されている。
本稿は、西藤・後藤・田中(2024)(以下、西藤他(2024))の概要を紹介し、交通分野における事業者間連携のあり方を検討する際の基礎的な視点を提供するものである。西藤他(2024)は、2020年施行の「地域における一般乗合旅客自動車運送事業及び銀行業に係る基盤的なサービスの提供の維持を図るための私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律の特例に関する法律」(以降、独禁法特例法と表記)により制度化された地域公共交通の「共同経営」について着目し、認可された熊本等の5地域へのインタビュー調査を実施している1)。本稿では、同研究が明らかにした共同経営の類型や実現要因、課題等の分析結果をもとに、今後の交通分野における事業者間連携について若干の考察をする。
1) 2025年11月時点では、認可を受けた共同経営計画は9件となっている。
日本の地域公共交通は、人口減少や自家用車依存、深刻なドライバー不足により、その存続が危機に瀕している。これに対し国は、交通事業者に経営余力がある段階での対策が不可欠であると判断し、2020年に独占禁止法特例法を施行した。
同法の施行により、従来は独占禁止法で制限されていた事業者間のダイヤ調整や運賃協定といった協調行動が、共同経営として法的に認められることとなった。実際に共同経営の認可を受けた地域(熊本、岡山、前橋、長崎、徳島および広島)の概要を表1に示す。西藤他(2024)では、実際に共同経営の認可を受けた地域へのインタビュー調査に基づき、その取り組みを以下の4つのタイプに類型化した。
① ダイヤ調整による等間隔運行(熊本・岡山・前橋・長崎): 重複する路線で各社がダイヤを調整し、運行間隔を均等化(等間隔化)する取り組みである。これにより、「団子運行」を解消し、利用者の利便性を向上させつつ運行の合理化を図っている。
② 路線の再編(熊本・長崎): 重複区間において営業エリアを整理したり、幹線と枝線で役割分担を行ったりすることで、人員や車両の効率的な配置を目指すものである。
③ 運賃の平準化(広島): バスと路面電車の運賃差を解消し、わかりやすい運賃体系とすることで、コロナ禍で打撃を受けた事業者の経営改善を図っている 。
④ 運賃プール(徳島): JRと並走する高速バスにおいて、JRの定期券などの乗車券でバスにも乗車できるようにする取り組みである 。
表1 認可済みの共同経営計画とその概要
| 共同経営計画 | 計画認可日 | 取組タイプ | 取組内容 | 計画による目標 |
| 熊本地域乗合バス事業共同経営計画 |
2021.3.19 2021.12.2変更 2022.10.2変更 |
重複区間を中心とした路線再編・ダイヤ調整 |
重複区間を合理化するため,社によっては減便,区間短縮,路線の移譲を実施。あわせて待ち時間を平準化してサービス水準は維持。 ※2021.12の変更はダイヤ改正に伴うもの/2022.10の変更は対象路線の拡大に伴うもの |
目標:人員数5.6人/日,車両数4.7台/日の削減。および赤字額の圧縮(3,100万円/年) 効果:想定より利用者は下回ったが,赤字額は3,300万円/年の圧縮に成功。共同経営の効果として実車走行キロが抑えられ,燃料費や人件費の削減につながったことが奏功 |
| 岡山駅・大東間共同経営計画 | 2021.3.25 | 重複区間のダイヤ調整 | 渋滞もしやすい重複区間でダイヤ調整を実施。あわせて待ち時間を平準化して実質減便でもサービス水準を維持 | 目標:運行回数削減により運行コストの削減(472万円/年)。運行系統ごとの配車車両数の削減(2台/日) |
| 前橋市内乗合バス事業共同経営計画 | 2021.9.27 2022.3.10変更 |
重複区間のダイヤ調整 | ダイヤの分かりやすさと待ち時間の短縮による利便性向上を図るため,6社11路線のダイヤを調整し,等間隔運行を実施。 ※変更はダイヤ改正によるもの(鉄道ダイヤの改正に伴うバスダイヤの改正) |
目標:2026年度に約460万円〜530万円/年の収支改善(等間隔運行による利便性向上による利用増)。基盤的サービスとしての11路線の維持,待ち時間の減少・平準化,乗り場の同時発車の解消,前橋駅での鉄道乗換利便性の向上 効果:コロナ前よりも利用者増:2019年度比101% |
| 徳島県南部における共同経営計画 | 2022.3.18 2023.3.15変更 2023.4.27変更 |
重複区間のダイヤ調整・運賃プール | JRとバスで通し運賃の適用(運賃プール)。あわせてダイヤ調整を実施。 ※2023.3の変更はダイヤ改正/2023.4の変更は共同経営区間の拡大(阿南〜阿波海南・海部高校前に対象区間延伸)による |
目標:2026年度に徳島バスで約37万円/年,JR四国で約10万円の収支改善(運賃面での連携に伴う利便性向上により,徳島バスへの利用転換及び沿線の利用者数の増加を見込む)。あわせて運行間隔を共同経営開始前より10~15分程度縮減 |
| 長崎市域乗合バス事業共同経営計画 | 2022.3.18 2022.9.29変更 |
重複区間を中心とした路線再編・ダイヤ調整 | 事業者で重複する区間の路線の再編(移譲)とダイヤ調整を実施することで運行コストの削減を狙う一方,サービス水準を維持 ※変更はまちなか周遊バスの共同運行化,市東部地区の路線再編(ハブ&スポーク化)に伴うもの。なお,まちなか周遊バスの共同経営はダイヤ調整のみで運賃プールは実施せず |
目標:2022年度に約285百万円/年の改善,人員数は21.3人/日(平日)、車両数は17.0台/日(平日)の改善効果を見込む |
| 広島市中心部における均一運賃の設定に係る共同経営計画 | 2022.10.18 2023.3.23変更 2023.5.12変更 |
交通モード間での運賃調整(平準化) | バス均一区間の対象エリアを拡大する一方,路面電車の運賃とバス均一区間運賃を同水準に調整(バス:190円→220円,電車:白島線を除き190円→220円)。なお,路面電車運賃は「協議運賃制」を活用。 ※2023年3月の変更は市の計画による路線再編, 5月はダイヤ変更に伴うもの |
目標:共同経営による運賃収入の増加により2024年度に7社の路線バス全体で約175百万円/年の収支改善。共同経営の対象路線に位置付ける路線バスの維持を目標 |
出所)国土交通省ウェブサイト「認可を受けた共同経営計画一覧」
(https://www.mlit.go.jp/sogoseisaku/transport/sosei_transport_tk_000153.html)および各社共同経営計画および筆者らのインタビュー調査に基づき作成。
インタビュー調査結果を踏まえて、西藤他(2024)では、共同経営が実現に至った主要な要因を以下のように分類した。
① 危機感の共有: 人口減少やドライバー不足に対する深刻な危機意識が、すべての地域で共同経営を後押しした 。
② 従来からの取り組みと連携: 多くの地域で、共同経営以前から協議会などを通じて事業者間で連携の下地があった。
③ 新制度のアナウンスメント効果: 独禁法特例法が成立したこと自体が、事業者間の連携機運を高めるきっかけとなった 。
④ リーダーシップと仲介: 連携を主導するキーパーソンや利害調整を行う中立的な自治体の存在が重要であった。特に徳島や長崎のように調整相手が少ない場合はスムーズに進む傾向があった 。
一方で、共同経営を実施していくなかで、以下の課題も明らかになった。
① 共同経営以外での連携の必要性: 共同経営の枠組みに参加していない事業者も含めて、地域全体での連携や利便性確保がより必要である。
② 中長期的な視点の不足: 現在の取り組みは現状のネットワーク維持(費用削減)が主眼であり、将来的な人口減少を見据えた抜本的な交通体系の議論が十分ではない。
③ 利害調整の難しさ: 事業者間の直接協議が認められたとはいえ、各社の利害が対立する場合、調整は難航する。特に規模の小さい事業者が多い地域では、自治体が調整実務を担わざるを得ない実情があった 。
④ 事務手続きの煩雑さ: 認可や変更に伴う手続きの負担や、運賃プールにおける手作業のアナログな運用などが課題として挙げられた 。
西藤他(2024)から導き出された共同経営に関する政策的な含意は以下の3点である。
① 共通認識の重要性: 「危機感の共有」が連携の出発点であり、相互理解を深めることがサービス改善につながる。
② 自治体の役割の重要性: 民間事業者だけで利害調整を行うことには限界がある。日本の交通事業者は純粋な民間企業が多く、ドイツの運輸連合などのような事例以上に利害対立が起きやすく、自治体が利害調整の要となる必要がある。
③ 戦略(Strategy)への関与: 自治体は、van de Velde (1999) のいう「戦略(S)」として地域のビジョンを示し、交通体系のあり方やサービス水準の設定により深く関与すべきである。
共同経営は、事業者間の直接協議という新たな選択肢を提供したが、あくまで過渡的な取り組みである可能性がある。欧州では公共交通を「社会インフラ」と位置づけ、行政が戦略(Strategy)や戦術(Tactics)を担い、事業者が運行(Operation)を担う形態が一般的である。一方、日本では歴史的に戦略や戦術の策定まで民間事業者が担ってきたが、人口減少社会においてこのモデルは限界を迎えている。ここで紹介した共同経営の事例は地域公共交通であるが、その他の交通分野でも共通の課題に直面しており、本事例研究で得られた知見は他の交通分野にも援用できる可能性を秘めていると思われる。