-学識者による研究レポート-
湧口 清隆 氏
相模女子大学社会マネジメント学科
フランスの公共交通機関、特にパリのメトロやRER(郊外線)というと、駅は暗く、落書きやごみで薄汚れており、「花の都」とは裏腹に悪いイメージを持っている人も少なからず存在するかもしれない。しかし、近年、駅は格段に明るくなり、構内に商業施設も充実し、案内掲示や改札も増え、公共交通機関の使い勝手がずいぶん良くなっている。その理由を昨年(2024年)のパリ・オリンピック開催に求めるかもしれないが、現実にはそれに15年先立つ下院議員Keller(2009)の首相あての報告書『La gare contemporaine(現代の駅)』が発端になっている1)。
さて、なぜ本誌で航空や空港の話ではなく鉄道や駅の話をするのか、訝る向きもあろう。欧州では鉄道の上下分離が実施されており、フランスでも鉄道の運行と、駅を含むインフラ管理は形式上(少なくとも会計上)、分離されている。そのため、航空会社と空港会社の関係が、鉄道会社とインフラ会社の関係にも成立しており、空港会社が需要拡大のために空港の魅力を高める行為は、鉄道インフラ会社が駅の魅力を高める行為と相通じると言えよう。
筆者は、2024年度に文化庁「『食文化ストーリー』創出・発信モデル事業」に選定された広島駅弁当株式会社による「郷⼟料理伝承に不可⽋な駅弁の調査研究・価値再構築事業」にかかわる中で、今年(2025年)2月にフランス国鉄(SNCF)の駅開発(SNCF Gares & Connexions)責任者から直接話をうかがう機会を得た。通訳をしながら、フランス国鉄が「うまくやれている」と言っているシステムの中に、コンセッション運営における効率性と地域性(「ご当地性」)の両立のジレンマが存在していることに気づいた。また、2025年9月3日に開催された(一財)関西空港調査会第20回航空空港研究会での高松空港株式会社小幡義樹代表取締役社長の講演や毛海千佳子近畿大学准教授の討論でも、このジレンマが暗に示されていた。そこで本稿では、コンセッションの方法と効率性と地域性の両立のジレンマについて考察したい。
わが国では、国管理空港に加え地方管理空港等において、「滑走路等の航空系事業とターミナルビル等の非航空系事業について、民間による一体経営を実現し、着陸料等の柔軟な設定等を通じた航空ネットワークの充実、内外の交流人口拡大等による地域活性化を図」2)ることを目的に、民間委託(コンセッション)が進められている。国管理空港の仙台、高松、福岡、熊本、広島、新千歳、函館、釧路、稚内空港に加え、地方管理空港等の神戸、但馬、鳥取、南紀白浜、旭川、帯広、女満別空港が、既に民間事業者により一体的な運営が実施されている。新潟、大分、小松、青森、富山、秋田、佐賀、松本空港でも民間委託に向けた手続きや検討が行われている。これらに関西国際空港、伊丹空港を合わせると、全26空港となり、わが国の全97空港の約3割を占めている。
利用者の視点では、航空系事業と非航空系事業の一体運営のメリットを直接感じることは少ないが、ターミナルビルの利便性向上や店舗の拡充などを通じて、空港が変革したことを実感しているのではないだろうか。筆者自身、上記空港のいくつかを利用して、従来にも増して、空港周辺地域の特産品を集めた店舗や地元資本の店舗を多数見つけ、「ご当地」感を強く感じた。その意味で、民間の空港運営会社が参画することにより、空港が「観光プラットフォーム」(観光客、地域事業者、行政、住民など多様な主体を結び付け、観光を通じた価値創出を促進する枠組み)として良い形で機能していると認識している。
Keller(2009)がまとめた報告書は、フィヨン首相が2008年9月15日に下院議員ケラーに諮問した「現代の駅」の概念の分析に関する答申で298ページの大著である。①鉄道と都市という2つの異なる文化、②旅客流動の増加に関する展望、③国土開発の必要性と駅周辺の稠密化、④当事者の細分化、⑤ドア・ツー・ドアの移動に関する旅客情報、⑥現代的でマルチモーダルな「グランドターミナル(Grande Gare)」という新概念の出現、という6つの論点を挙げ、全国の駅を5つの、パリ首都圏の駅を3つのカテゴリーに分けた上で現状を分析し、2030年頃までの取組みを提案した。また、フランス国内に加え、ドイツやスイスの駅も見学し、意見聴取を実施している。この報告書で強調されている点は「20~30年遅れた駅への投資」「情報化投資の必要性」「駅運営における競争の必要性」「マルチモーダルを考慮したプロジェクトにおける運営の統一性の欠如」などである。駅改良プロジェクトの役割分担と投資額について具体的な記述がある点も特徴的である。
この報告書に基づき、フランス各地の駅の改良工事が進められている。2009年4月にSNCF Gares & Connexionsが設立され、国内約3,000駅の運営と改良工事を担っている。同社は駅構内の商業施設に入居するテナントの選定、賃貸契約締結、管理、賃料徴収も担う。パリでは6大ターミナルの一つ、サンラザール駅では、2009年から開始された第2期工事が2012年に終了し、改札外に3層に及ぶショッピング・モールが設けられた。2024年には欧州最大の利用者数を誇る北駅にもショッピング・ゾーンが設けられた。同社は地方自治体と連携して地方駅の改良工事も担っており、2024年にはロワール川の古城めぐりの玄関口であるブロワ・シャンボール駅の改良工事を完成させた。2024年8月に同駅を訪問した際には、全国的に駅売店を展開するRelayのほか、2023年6月に開店した地域特産品を販売する店舗Belle Régionが入居していた。フランスにおいて駅構内に「ご当地」店舗が存在することは極めて珍しく、SNCF Gares & Connexionsからは成功事例として紹介された。
一方で、SNCF Gares & Connexionsはテナント選定や賃貸契約締結までは詳細を詰めるものの、契約締結後の管理については旅客の安全にかかわることを除き、法令遵守の範囲内でテナント任せになっているようである(広島駅弁当株式会社(2025)p.11)。わが国で構内営業を行う駅弁屋の場合には、少なくとも本州3社ではJR当局が独自に年1回の査察と講習会を実施している。この点や全国の駅運営者が1社であることは、契約にかかる手続きの観点から見て、地域の地元事業者よりも全国ブランドの事業者を受け入れる方が効率的であることが示唆される。事実、全国主要駅の物販・飲食店舗を見ると、半数は全国ブランドの店舗となっている。もちろん、駅売店のRelayの店舗でも地域のお土産品は販売されているし、ナンシー駅にタイ料理店が、ストラスブール駅やリヨン・パール・デュー駅に寿司店が入居しており(2025年6月時点)、全国ブランド以外の店舗や地域性を排除している訳ではない。しかし、取引費用という観点では、地元の中小企業より全国展開する大企業の方が、テナント募集の際の応募においても落札後の契約締結においても、応募条件や契約が標準化されていることから構内営業に参入しやすいことが示唆される。結果として、全国どこの駅に行っても同じようなブランドの店舗が入っているという結果に陥りかねない。
なお、Belle Régionは2025年2月に破産し、閉店した。ブロワ・シャンボール駅を通る路線の改良工事(2023年9月~2024年5月、2025年4月~2026年3月)に伴い日中の列車がバス代行され運休されることを事前に知らされていなかったためと言われる3)。
わが国の地方空港の運営コンセッションでは、運営会社への自治体、地元資本の出資が原則となっていることから、効率性が多少犠牲になりつつも地域性が確保される傾向がある。それに対し、フランスの駅のように1社が複数インフラの運営を担うコンセッションでは、効率性に舵が切られ地域性が後回しになる傾向があることから、「金太郎飴」的なインフラになりがちで、結果的に運営インフラの魅力を十分に高めきれず、集客効果も限定されるのではないかと考えられる。その意味で、道内7空港を運営する北海道エアポートの今後の展開が大いに気になるところである。
Keller(2009)の報告書から得られる示唆として、単に駅改良の必要性を訴えるだけではなく、持続可能な都市という観点から駅の機能を再定義し、ヒト(関係者)、モノ(組織)、カネを具体的に示した上で、国家戦略として中長期的に事業を展開するグランド・デザインのうまさを挙げたい。湧口(2010)が紹介したフランス運輸省パリ空港担当者(当時)による日本の鉄道会社の兼業と駅ナカ・ビジネスに関するDoumas(2008)の博士論文も、実はその大きな流れの中にあったことが今回のヒアリングでわかった。東京経済大学の青木亮教授と筆者がDoumas氏の研究を支援したが、筆者がちょうどフランスの放送・映画政策の研究の一環で在日フランス国大使館文化部に協力を仰いでいた時期に同館科学技術担当アタッシェから依頼されたことがきっかけであった。近年の駅改良の成果を見ると、フランスはこれらフランス国内外の状況を分析したうえで、鉄道運行のオープン・アクセスが進展する中で、地域性も加味しつつ効率性に大きく舵を切る戦略をとったのだろうと認識している。