-学識者による研究レポート-
小島 克巳 氏
文教大学国際学部
航空分野におけるCO2排出削減策として、SAF(Sustainable Aviation Fuel)の導入や新型機材による運航効率の向上、さらにはICAO(国際民間航空機関)が主導するCORSIA(Carbon Offsetting and Reduction Scheme for International Aviation)の開始など、航空各社や航空業界全体としての取り組みが知られている。一方で、航空機が排出する輸送量当たりCO2量の数値は鉄道や船舶と比較して依然として高い水準にある(図1、図2)。
こうした状況の中、EUの一部の国では、短距離国内線の運航自体を法的に禁止することで、より環境に優しい鉄道へのモーダルシフトを促す政策が導入されている。この政策を最初に導入したフランスでは、2021年8月公布の「気候変動対策・レジリエンス強化法」(以下、気候・レジリエンス法)に基づき、2023年5月以降、鉄道利用により2時間半以内で移動できる区間では国内線の運航が禁止されることになった。また、同様の規制はオーストリアでも実施され(鉄道で3時間以内の区間が対象)、スペインでも導入に向けた検討が進められている。
そこで、本稿では、距離国内線の運航を法的に禁止したフランスの事例を概観し、先行研究のサーベイを通してその政策効果と課題について考察する。


1) https://www.mlit.go.jp/sogoseisaku/environment/sosei_environment_tk_000007.html
フランスの気候・レジリエンス法は、同国が2050年のカーボン・ニュートラル達成に向けて、2030年までに温室効果ガス(GHG)を1990年比で40%削減するという中期目標を達成するために策定されたものである。同法はフランスの社会生活全般に関わる「消費」「生産と労働」「移動」「住宅」「食」という5つの主要分野から構成されており、第4章の「移動」に航空を含む交通部門のGHG削減策や各種規制が盛り込まれている。短距離国内線の運航禁止については、第145条において「フランス領内において、国内鉄道網で乗り換えなしで、かつ2時間半以内で1日複数回の接続が行われるすべての航空路線については、定期旅客輸送サービスは禁止される」と規定されている。
この気候・レジリエンス法に基づく政府令により、2023年5月以降、短距離国内線の運航が禁止されることになったが、実際の廃止路線はわずか3路線にとどまっている。これら3路線はパリの二次空港であるオルリー空港からナント、ボルドー、リヨンを結ぶ3路線である。これら3都市にはパリからTGV(高速鉄道)が毎時1本程度運行され、鉄道による2時間半以内の移動が可能となっている。この3路線以外にも廃止が検討された路線はあったが、国際線との接続便であることや鉄道での2時間半以内での移動が不可能であるといった理由で除外されている2) 。そのため、目玉の政策として実施された規制であるにもかかわらず、実際の廃止対象路線は限定的でCO2排出削減効果も微々たるものであるといった批判が、IATA(国際航空運送協会)や航空業界から示されている。
IATAの分析によれば3)、フランス国内線のCO2排出量はフランス全体のCO2排出量の4%にも満たず、廃止対象3路線の便数はフランス国内線総便数の4%(2021年時点)に過ぎない。さらに、これら3路線の利用客が代替手段として長距離バスや自動車を利用するのであれば、CO2削減効果は大幅に減少するとも指摘している。航空路線の廃止が航空から鉄道ではなく、自動車へのモーダルシフトを発生させる可能性がある点は、政策評価上の重要な論点であろう。
2) 同じパリのシャルル・ド・ゴール空港からもこれら3都市への国内線が運航されているが、こちらは国際線からの接続便ということが運航禁止対象から除外されている。
環境対策としての短距離航空路線の運航禁止政策に関しては、その実行可能性の検証、CO2排出削減量の推計やシミュレーション分析など、多くの先行研究により知見が蓄積されている。
Dvořáčková et al.(2024)は、 フランス国内線の実際の運航データの比較(2019年と2022年)から、①気候・レジリエンス法の影響で廃止された路線4)、②同法の廃止基準を満たしているが廃止されなかった路線、③同法とは別の要因で廃止された路線に分類し、このうち①の路線について、代替となる鉄道輸送の容量(提供座席数等)、航空と他の交通機関(鉄道と自動車)との移動時間およびCO2排出量の比較を行っている。
Bruno et al.(2025)は 欧州29カ国の計343空港における航空、旅客数、鉄道の広範なデータから、①GHG抑制策としての短距離航空路線の廃止に関する欧州の航空セクターにおける最適シナリオ、②短距離航空路線の廃止が旅客の移動時間に与える影響、③航空から鉄道へのモーダルシフトに対する現行の鉄道インフラでの対応可能性の3点について包括的な分析を行っている。
さらに、Bordeaux and Couto(2026)は短距離航空路線の廃止が空港の旅客数などに与える影響を分析している。彼らは欧州内の空港を規模別に3つのグループ(ハブ空港、ノンハブ空港、地方空港)に分類し、廃止基準の違いによる複数のシナリオを想定し、空港グループごとに旅客数、便数、提供座席数に関するシミュレーション分析を行っている。
4) 彼らの分析では、①に分類される路線は前述のパリ・オルリーからの3路線のほか、地方路線3路線を加えた計6路線となっている。
先行研究および文献調査から明らかとなる政策上の論点として、まずは、現状では短距離国内線の廃止によるCO2削減効果は不十分であることが挙げられる。フランスで実際に廃止された路線は3路線にとどまりCO2削減効果は限定的である。また、代替となる高速鉄道への影響(鉄道運賃の動向や追加のインフラ投資の必要性等)や利用者への影響(航空路線廃止による移動時間の増加等)も政策上の論点となるであろう。さらに、航空から自動車交通へのモーダルシフトが進めば、CO2削減効果が相殺される可能性も否定できない。将来的には、現在は規制対象ではない貨物便やプライベートジェットなどに対する規制も課題となるであろう。このように短距離国内線の運航禁止には依然として政策的に不十分な点が多く、政策の有効性については今後も継続的な検証が求められる。