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今月のセミナー

-関西空港調査会主催 定例会等における講演抄録-

世界のツーリズムの潮流と自然資源活用の可能性

山下 真輝 氏

(株)JTB 総合研究所 フェロー

(一社)日本アドベンチャーツーリズム協議会 チーフディレクター

●と き 2025年10月20日(月)

●ところ オンライン会場

■はじめに

 JTB総合研究所の山下でございます。この場には関西の空港関係者の皆様はじめ、さまざまな形で関わりのある皆様がご参加いただいていると思います。本日は、全体的なツーリズムの流れや、当社がこの数年研究しつつ実践している、「自然資源をどう活用するか」についてお話しします。特に自然資源については、日本のツーリズムの大きなポテンシャルであると考えており、これに関しては環境省さんと一緒に取り組んでいることが様々ありますので、その内容を紹介させていただきます。
 時間も限られているので、今日はここに書いた5点についてお話しします。

 私は先ほどご紹介いただきましたように、いろんなところでいろんなツーリズムに関わるさまざまなテーマを研究したり、特に地方行政の方々や観光業界、DMO(観光地域づくり法人)の皆様と受け入れ体制整備をしたり、商品開発をしたり、あるいは海外への誘客、もちろん国内の需要喚起も含めて幅広く活動しているところでございます。
 最近は宿泊税の問題などにも取り組んでいます。やはり観光に関しては財源が非常に課題になっていましたので、福岡市を中心として、いろいろな自治体の宿泊税の専門委員を務めたり、行政や地方自治体の幹部の皆様向けの勉強会をしたりと、各種制度設計の支援などにも携わっているところです。

 本日は、自然資源がテーマですが、経歴の一番下にも少し書きました通り、この数年環境省関連の業務にも関わっており、「国立公園アドベンチャートラベル手引書」を作成したり、後で出てきますが「国立公園満喫プロジェクト」など自然資源を守りながらどう活用するかという視点での施策に関すること、そして現在はエコツーリズム推進基本方針改定に関する検討委員としてもさまざまなコメントをさせていただいております。

1. 観光立国・日本を取り巻く環境 

・世界で最も魅力的な国・日本→ 憧れの海外旅行先のポジションを確立
 皆様はもう既にご存知のことも多いと思うので若干おさらい的な話になりますが、観光立国日本を取り巻く環境というところでお話をしてみたいと思います。
 最近のニュースで、今年も外国人旅行者数が堅調に伸びており、過去最高の数字であると出ていました。おそらく現在の伸び率と、残りの10月・11月・12月の数字が出てくると思いますが、このペースでいけば4,000万人を超えることは確実だろうと感じます。
 その背景にあるのは、日本が海外から今非常に注目されているということです。今年は大阪・関西万博が開催されましたし、先日は世界陸上があり、それ以前では東京オリンピック、2019年のラグビーのワールドカップなど大きなイベントがあり、日本自体への関心が世界的に高まりました。
 こちらはアメリカ・イギリスの旅行雑誌の読者投票ランキングを示したものですが、日本が「世界で最も魅力的な国」として2年連続で1位を受賞しています。

 また東京は「最も魅力的な大都市」で1位をとっており、大阪、京都、神戸を含めた関西など非常に競争力の高いさまざまな都市もあります。いずれにしても日本という国は、世界の憧れの旅行先であるということだと思います。
・訪日外国人旅行者数の推移
 外国人旅行者数も、コロナ以前の2019年まで堅調に伸び、コロナの3年間は厳しかったわけですが、その後、奇跡的なV字回復と言ってもよい数字にまで戻りました。

 2023年5月に新型コロナウイルスが5類になりましたが、そこから一気に外国人旅行者が増えました。
 その前の冬次点で既に欧米のスキー客がかなり戻ってはいたのですが、中国のメインランドからの訪日客が戻らない中で、数は約2,500万人まで回復、その後2024年は約3,600万人でした。東アジアとアメリカで大体6割から7割ぐらいを占めており、非常に多くの方が来られたと思います。
・外国人旅行者受入数の国際比較(2023年)
 そしてインバウンドの数です。世界の国際観光客は、2024年は約14億5,000万人で、コロナ前(2019年)は約14億6,000万人だったので、ほぼ昨年の段階で戻っています。
 そういう中で日本のインバウンド数ランキングは世界8位になりました。これはすごいことです。というのも、一つ上のイギリスもそうなのですが、飛行機や船でしか行けないような島国の数字としては驚異的なものになっているからです。今年4,000万人を超えるとイギリスを上回る可能性があります。アジアでは圧倒的に日本が1位です。

 アメリカが世界第3位ですが、今のトランプ政権下でアメリカに行く方がどんどん減っており、隣のカナダからアメリカに入国する人もかなり減っているという話もあるぐらいです。もしかするとアメリカの順位も下がってくる可能性があります。日本も大体4,000万人で世界トップシェアの中に入ってくることになるのだと思います。
・訪日外国人旅行消費額
 消費額も堅調に伸びて8.1兆円となっており、かなり巨大な輸出産業が生まれてきたことになると思います。コロナ前が4.8兆円でしたから、今年がどれぐらい増えるかにもよりますが、もう少しで倍になります。

 これも先ほどの図と同様に、東アジアの4カ国/地域プラスアメリカで大部分を占めるわけですが、今後中国からの旅行者が増える中、その消費額は拡大されていくだろうと思います。
・世界および日本の観光マーケット
 インバウンドがとかく注目されますが、インバウンドは日本全体の国内旅行市場の消費額と比較して23%程度(約8.1兆円)です。日本人が生み出す消費額は25兆円あるわけですから、改めて日本人マーケットが重要だと、国内の観光関係者も最近、声高におっしゃっています。
 日本人の観光が基盤にあり、平日や閑散期を埋めてくれることによって観光の平準化が図られ、観光産業の生産性が高まっているので、この23%のインバウンドがあるかないかでは大きな違いがあると言えます。

 先ほどのデータで、2024年で14億5,000万人、コロナ前が14億6,000万人でした。日本へのインバウンド数が3,600万人で、それは世界の約2.5%。世界全体の観光収入が2019年の段階で約160兆円(当時のレート)で、日本のインバウンド消費額が8.1兆円だとすると、全体の約2.7%なので、まだまだ世界的に見るとシェアが大きいというほどではないでしょう。日本がまだ非常にポテンシャルがあるのではないかと言われているのは、このような部分からだと思います。
 また、1人当たりのインバウンド消費額が注目されています。コロナ前が大体15.9万円と言われていましたが、2024年の段階で約22万円にまで上がってきました。アメリカも、約29万円だったのが今は約33万円まで上がってきています。ほぼ倍ぐらいの差だったものが、次第に縮まってきており、今は1.5倍ほどの差です。
 日本よりもアメリカの方が、ラグジュアリーホテルもラスベガスもニューヨークもあるのでより多くの富裕層が来るし、消費額も高いであろうことは何となく想像がつきます。しかし日本でも今かなり堅調に、1人当たりの消費額が伸びています。いかに滞在日数を延ばして高付加価値のサービスを提供するか。数というよりいかに1人当たりの消費単価を高め、消費額を高めていくかが、これからの大事な戦略だと思います。
・訪日外国人旅行者旅行数6,000万人を目指す日本の課題
 日本政府は6,000万人という目標を掲げていますが、私もこれに関していろいろなメディアから取材を受けることがあって、「現実的にどう思いますか」とよく聞かれます。
 実際にいろいろなシミュレーションもあるとは思いますが、実際に今、羽田、関空などを含めた主要7空港で訪日インバウンドの95%を賄っている状況の中で、一体どこに伸びしろがあるのか、そこは考えざるを得ないところです。
 各種資料を調べていると、訪日客6,000万人を達成させるためには、年間45.5万回の国際線発着が必要であるとも言われています。
しかし、ハブとなっている羽田空港の国際線発着回数は限定的であり、この現状を考えると明らかに関西空港への期待は大きいでしょう。この辺りも今後の課題だと思います。

 今、オーバーツーリズムの問題もあります。オーバーツーリズムというよりオーバーコンセントレーションと言った方が正しいのですが、ある一極に集中してしまう問題です。今は首都圏の空港など、集中している部分をいかに分散させるのか――特に地方空港に――というのは、日本として考える必要があります。

 ただ、空港は飛行機を簡単に誘致できるわけではありません。皆様方ご専門の方も多いと思うのですが、当然グランドハンドリングやCIQの問題といったソフト的な部分でもリソースが不足している中で、現実として物理的に飛ばせるかというと、枠はあったとしても受け入れ態勢が整わない問題もあるのだと思います。
 そういう意味では、今後旅行者数をどこまで増やすのかについてはいろいろと議論しなければならないでしょう。いずれにしても関西空港の完全24時間運用というところで、国際ゲートウェイとしての機能強化ができるかというのがこれからのカギになるのは間違いないだろうと思います。
 さらに、今外国人旅行者の地方周遊が大事なのですが、なかなか国内線に乗らないという状況があります。やはり新幹線での地方周遊が軸になってくる中で、航空会社さんと話していても、外国人向けの国内パスの割引チケットを用意しているのだけれども、まだまだ思うように需要が伸びていかないと聞きます。
 よって、「地方空港IN」「地方空港OUT」といろいろなパターンのモデルコースを打ち出したり、多様なプロモーションをかけていったりしながら、空港自体のCIQの機能強化や国際線誘致を同時に行うのが大事だと思います。
 併せて、地方空港と観光地は二次交通問題もあるので、数をさらに増やそうとするなら、課題は結構多いかと思います。
 ただ最終的な目標は、持続可能な観光立国の実現です。日本の場合は全国津々浦々に空港がありますし、鉄道網もありますので、そういったネットワークを駆使します。問題は特定の時期に特定の場所に集中することなので、これを分散して、なおかつ年間の平準化も図る、といった取り組みを進めることで、今のインフラの限界という問題を突破していく必要があるでしょう。
 地方経済が非常に厳しい状況なので、やはり空港が地方経済の重要施策の柱になってきます。そしてオーバーツーリズムは先ほどから申し上げているように、オーバーツーリズムを起こしている場所でなるべくそれを軽減していく、基本的には起こさない方向で施策を打って準備していくことが重要なのだろうと思います。
・訪日外国人旅行消費額の経済的インパクト
 政府としては、6,000万人というのは今の政治的に進めづらい側面もあるのではないかと思います。外国人問題が政治争点化している中、自民党総裁選で小泉さんが6,000万人を目指すと言ったことで、SNSなどでバッシングを受けてしまいましたが、オーバーツーリズム問題もありますので、現在のところ外国人旅行者をさらに増やすことがメッセージとして発信しづらくなってきているのではないかと思います。
 現状から考えると、2030年までに6000万人の達成は現実的になってきていますが、私は、外国人旅行者の数はある程度抑制していく必要もあるのかなと思っており、その一方では今度は消費額をどう上げていくかについては、しっかり考える必要があると思います。これは両方追求できると思っています。ある程度数を抑制しながら、消費額を高めていく。この訪日外国人旅行消費額の8.1兆円を、政府は15兆円にしようと目標を掲げています。

 数年前、最初にこの目標額が出たとき、私は「とてもじゃないけどそんな目標は実現不可能だろうと」思っていましたが、4.8兆円から8.1兆円に拡大している最近の伸び率からすると、決して実現不可能ではないと考えるようになりました。
 インバウンドというのは、消費者が輸送費を払って来て、買って、それをまた持って帰っていただけるという、ある意味輸送費のかからない輸出産業と言っても過言ではないわけで、やはり15兆円は追求していくのがよいかと思います。
 先ほど触れましたが、今トランプ政権下で、アメリカへの旅行を控える動きがあります。そして国際会議などもアメリカで開催しづらくなってきました。例えば学会などでも、中国の研究者がビザを取れずアメリカに入れないという問題もあると聞いています。そのような国際会議を日本はどんどん誘致すればよいと思います。
 現在のさまざまな政治的背景も考えると、円安で日本は輸出が厳しいのですが、実はインバウンドにとってはプラスしかないので、世界の富裕層をターゲットに国際会議や教育旅行などをこのタイミングでどんどん誘致するべきでしょう。トランプ関税だ何だといろいろ言われていますが、実は観光的にはチャンスも大きいと思います。そのために今後15兆円を達成するためにやるのだということです。
 アメリカもどんどん単価が高くなっていますが、日本も1人当たりの消費額が34.8万円~35万円ぐらいまでのペースで伸びていけば、4,300万人程度でも15兆円到達が現実的に見えてくるのではないでしょうか。
・訪日外国人旅行者の決済額が伸びている地方都市
 そのために大事なのは地方周遊なのですが、コロナ前・コロナ後の動きの中で非常に顕著に見えてきたのが地方周遊。その中で注目されたのが東北の伸びです。こちらは訪日外国人のカード決済の資料ですが、コロナ前と比較した伸び率が東北は177%で、このことは非常に話題になりました。

 当然それ以外の地方でも伸びているという結果が出てきまして、より地方に向かう外国人旅行者が増えていることが分かります。特に東北では山形県の伸びが非常に大きく、蔵王、銀山温泉、出羽三山、酒蔵めぐりなどが人気です。
・国籍・地域別訪問都道府県数と平均泊数
 観光庁が公開している資料の中で、訪日旅行者がどれぐらい周遊するのかという国別データがあります。
 東アジア諸国の人たちはたいてい1~2都道府県のみを回り、特に韓国からの方は約6割が1都道府県しか訪問しません。もはや長期的にいろいろなエリアをぐるっと周遊することはだんだんなくなっているわけです。
 中国はまだ比較的周遊する人が多いかと思います。欧米豪の方々は3~4県ぐらい周遊していくので、入口と出口が変わることも多いですね。

 こういった周遊の流れを見ながら、どの国の人たちに対してどんな対策を打つかを考えます。東アジアの国の人たちは、訪日回数が5回6回、ときには10回というハードリピーターもかなり増えてきたので、より深い体験を求めます。欧米豪の方々は旅行期間が割と長く、あるエリアでは短期間だけ、ある場所では長く滞在しながらそこを拠点にして各地を飛び回るという動き方になってくるのかなと思います。
・訪日外国人旅行者は何にお金を使っているか?
 私たちが注目するのは、何にお金を使っているか、その内訳です。まず宿泊費が多く、世代によっては飲食費やショッピング費が多くなっています。
 今後日本での消費額を34~35万円までに上げていくためには、ショッピング費で伸ばすという方法もあるものの、最近免税方式の変更などいろいろな議論がありますが、大事なポイントはこの黄色の部分「娯楽等サービス費」をどこまで伸ばせるかということ。アメリカと比較すると、日本はかなり少ないのではないかとよく言われております。
 ここにも書かせていただきましたが、2023年以降を見ると、宿泊費は単価が上がっていることもあり約1.9倍に伸びており、娯楽等サービス費はもともとベースが低いものの、約2倍に伸びました。

 よく言われるのが「コト消費」、いわゆる体験型の消費の拡大です。例えばアクティビティやガイドツアー、ナイトタイムエコノミーのようなものです。最近ではアジアの方が美容室やネイルに行くのをよく見ます。このようないろいろな「コト消費」がだんだん伸びてきており、単なる買い物から体験型へのシフトが見られます。
 日本の文化体験や自然体験を中心としたアクティビティへの関心の高まりが世界的な傾向としてあることが、数字にも表れてきています。

2.我が国の観光立国政策の方向性 

・「明日の日本を支える観光ビジョン」-世界が訪れたくなる日本へ-概要
 皆様もお聞きになったことがある話かもしれませんが、今の観光政策は平成28年3月30日、安倍内閣のときに策定された「明日の日本を支える観光ビジョン」に基づいています。観光政策をもう一段上げていくために何が必要なのか、さまざまな議論が行われ、三つの大きな施策の柱が掲げられました。

 今日は時間の関係で詳しくはお話しできませんが、移動に関することで特に私たちが着目したのが、青色の網かけ部分「国立公園の施策」です。これはまだ日本が十分にできていなかったことではないかという問題意識もありました。よく言われていたことですが、アメリカやヨーロッパなど、世界のナショナルパークに匹敵する素晴らしい自然があるにもかかわらず、十分活用されていないのではないかと。当然貴重な自然資源ですから闇雲に開発はできないわけです。
 そこで「国立公園満喫プロジェクト」という名称で、全国5カ所の国立公園をモデル国立公園に設定、トライアル的にさまざまな改善施策を打ったということです。
・政府の骨太方針に組み込まれている「国立公園政策」
 「経済財政運営と改革の基本方針2025」が、いわゆる政府の骨太方針と言われているものです。
 赤線で示した部分をご覧ください。先述の通り外国人問題もあって声高には言いづらいのですが、6,000万人という数に関しては旗を降ろしていません。ただ消費額15兆円はしっかりイメージされており、そのためには地方誘客が大事だとしています。

 ここに「アドベンチャーツーリズム等の多様な観光コンテンツ造成と収益性改善」とありますが、これは後ほど詳しく触れます。
 「ローカルガイドを含む観光人材育成」「高付加価値なインバウンド観光地づくり」、これに関しては今、モデル地区が設定されています。
 「国立公園・国定公園・国民公園や公的施設の魅力向上」、いわゆる自然公園と言われているものの魅力向上や規制緩和などが入ってきます。他方、空港に関しては、「空港、CIQ、二次交通等の受入環境整備、インバウンドによる地方路線を含む国内航空ネットワークの利用拡大」なども出てきました。
 こちらの写真のように、いろいろな施策があります。

 先ほどの消費拡大という意味では、例えばナイトタイムエコノミーはこの数年で旗が振られている取り組みです。東京でも、東京都庁にかなりの費用をかけてプロジェクションマッピングを実施しています。大阪では万博の期間中、ライトアップの時間を普段より長くしていました。道頓堀や梅田の辺りでも取り組みが進んでいたかと思います。新しい施設、例えばデジタルアーツ的なものもありますし、写真のような横丁が今非常に人気のため、バーホッピングのあるツアーも盛んに行っております。
 そしてラグジュアリーホテルの誘致も政府は非常に強化しています。外資系ホテルグループの投資意欲も高く、相当な数のホテル開発計画があります。しかし実のところ現状は、建設資材がコロナ前の倍近くに高騰しているとも聞いています。さらに今、働き方改革の関係もあって人がなかなか雇いづらい状況です。今までと違い労働時間をかなり抑制しなければならないこともあり、工期がどんどん遅れて相当な数のホテルで建設計画が狂ってきていることも聞いております。
 ただ最近も、ハイアットグループが屋久島や大分県の由布院温泉にホテルを建てることが発表されていましたし、京都でも次々と5スター、6スターのホテルの建設が計画され、帝国ホテルも京都に進出するという話も耳にしております。
 先日大阪・関西万博が閉幕し、次はIRです。ここでも相当なエンターテインメント施設が建設されるので、消費額拡大に貢献すると思われます。
 次にこの左上の写真をご覧ください。今私たちが関心を持って取り組んでいる国立公園等の自然環境保護・利用で、これも重要施策の一つとなっています。
・地方における高付加価値なインバウンド観光地づくりの取り組みについて
 全国全ての地域に等しくインバウンド促進のための施策を打っていくのかというと、そうではありません。当然いろいろな地域が手を挙げて実施できる事業、メニューは多数ありますが、観光庁が事務局となり、ある程度集中的に取り組んでいくエリアを「高付加価値インバウンド観光地づくり」とし、14の対象地域を選んでいます。

 先ほど消費額15兆円という話をしましたが、6,000万人という数は、旗は降ろしていないものの闇雲に数だけ増やすということではありません。最近は非常に消費額の高い富裕層、ここでは高付加価値旅行者と定義されている層ですが、そういう人たちを誘客するためのエリアが選ばれているわけです。
 東は北海道の道東エリアから南は沖縄・奄美エリアまでの14地域が決められ、そこにマスタープランが設定されています。専門人材を派遣したり、中心となるDMCの中核的な企業を決めて、人材育成や商品開発などをこれから進めていきます。このエリアで集中的に、自然コンテンツや施設の誘致、リノベーション支援、プロモーション、各種の改善などが行われていきます。
・九州ボルケーノツーリズム(雲仙・阿蘇・霧島)
 一つ面白い事例をご紹介します。九州の三つの県(長崎・熊本・鹿児島)には雲仙・阿蘇・霧島から桜島という火山帯があります。それぞれに火山や温泉、国立公園があり、ボルケーノ(火山)をつないだ九州のプロモーションを打っていこうと、「九州ボルケーノツーリズム協議会」なるものが立ち上がり、さまざまな取り組みが今始められています。

 それ以外にも各地域でブランドコンセプトが設定され、地域の特異性を発信しています。物見遊山的なツーリズムではなく、高付加価値で富裕層の興味を喚起するコンテンツ開発やプロモーションが動いています。

 これら14地域にはベースとして国立公園があります。国立公園は希少な自然資源を有し、非常に多様でユニークな文化性もあって、日本の観光を牽引する素晴らしい資源を持っています。もちろん他の地域もたくさんありますが、まずは14地域が設定されているわけです。

3.日本の自然資源活用の可能性 

・我が国が持つ「観光先進国」への可能性
 私どもは、ベースになっている国立公園という問題について関心を持っています。改めて日本は、本当に観光ポテンシャルが高い国です。よくデービッド・アトキンソンさんが言っておられる「気候」「自然」「食」「文化」の4要素は、デスティネーションの価値を考えるときに出てくる要素です。

 まず「気候」の面では、コーラルリーフ(サンゴ礁)から良質な雪質のパウダースノーまで多様な自然資源があり、こんなに違った気候を持つ国は世界的にもなかなかありません。
 「自然」も、手つかずの自然から日本人の生活の知恵が入った棚田のような風景まで含め、素晴らしい自然資源と多様な動植物の生態系があります。
 「食」は、日本食がユネスコ世界無形文化遺産になっています。和食の持つ、日本の自然と日本人の宗教的な視点や精神性を踏まえた食習慣・食文化そのものが、世界の遺産になっているということです。和食のみならず、日本人が生み出すフレンチやイタリアンも世界最高峰。世界で最もミシュランの星を多く持つのは日本ではないでしょうか。
 「文化」は、世界で最も古い伝統の国日本の伝統的な工芸品から、最近のJ-POPやアートといった、クールジャパンと称される現代的でクリエイティブなものまで幅広い文化性があり、このような国もなかなか世界的に見て少ないのではないかと思うわけです。
・とても広い日本……気候風土・自然環境も多様な日本
 日本という国は、非常に国土が広いのです。昔、子どもの頃は、イタリア半島ぐらいしかないんじゃないかと思っていたのですが、地図を当てはめるとオランダの上辺りからモロッコぐらいまであって、ヨーロッパ10カ国ぐらいを回るような幅の広さがあります。

・多様性のある日本の自然環境
 しかも南北約3,000㎞にわたる長さですから、気候も風土も多様です。気象庁の図を見ても、日本の気候は多様に分かれていることが分かります。
 日本は長い間、藩体制の中でそれぞれ方言もあり、通貨もあり、法律もあって、独立国が集まった連邦国家のような国だったので、それぞれの気候条件の中で独特の文化が生まれてきました。

 そして、先ほども申し上げたように、素晴らしいコーラルリーフがある世界最高ダイビングスポットから、「Japow(ジャパウ)」と呼ばれる素晴らしい雪質の世界最高のスキー場まであります。3,000m級の山々もあって、砂漠もあって……という日本の多様性が面白いわけです。
・日本の自然環境の特徴
 日本の自然環境は、北緯20度~45度の中緯度に位置しています。この25度の緯度差は北半球の約28%に相当します。経度は東経123度から154度まで広がり、幅は約31度あります。15度で約1時間の時差があるので、本来国内で2時間の時差があります。これはオーストラリア大陸とほぼ同程度の経度差があります。
 また、緯度は南欧や北アフリカと同じです。北海道はバルセロナやミラノと同緯度ですが、北から冷たい風が吹いて豪雪地帯になったり雪の文化もあったりと、独特の列島です。南北約3,200㎞は、大体アメリカ合衆国の南北距離に匹敵します。約6,800の島々からなり、国土面積は約37.8万km²。
 日本は島国であり、領土・領空・領海で考えたときに、島々があるのでEEZ(排他的経済水域)で見ると世界第6位の面積となります。国土の12倍ほどの海洋面積があるため、海の広さまで含めると第6位になるのです。深さまで入れると4位になると聞いたことがあります。
亜寒帯から亜熱帯まで多様な生態系があり、国土の3分の2が森林です。標高3,000m超の山岳地もあればサンゴ礁の海もあり、急峻かつ多様な自然環境を有しています。これらを見るだけでも、こんな国が世界のどこにあるだろうかと思うわけです。

 多様な生物と独自の進化を遂げたのが日本の生態系で、9万種以上の動植物が生息しており、先進国の中でも極めて高い固有種比率であると言われています。
 もともと日本列島はアジア大陸とつながっていましたが、氷河期に切り離されて、少しずつ大陸から移動してきた動植物が存在します。それが日本で独自の進化を遂げて、アジア大陸にはいないけれども日本にはまだ残っている種があるわけです。

 加えて、渡り鳥が飛んで来ますので、日本はバードウォッチングをする人たちにとっては天国のような場所です。
 そして人の手が加わることで形成された自然。手付かずの大自然だけではなく、里地里山、農地などの美しい田園風景、それから阿蘇などで見られる放牧の牧草地帯はとても素晴らしい景観です。
 また、日本にはやはり何といっても季節風の影響による四季があります。写真にもありますが、季節ごとに日本列島の色が変わってくるのです。三つの地殻プレートが集まっており、だからこそ火山や地震があるのですが、その分温泉という恩恵を受けています。
このように、世界で最も多様な環境があったからこそ、日本という国はいろいろな文化を生み出してきたのだと思います。
・日本の国立公園“National Parks of Japan”
 日本の国立公園は、「National Parks of Japan その自然には物語がある。」と謳って国際的にPRしています。
今日本には35の国立公園があり、非常に多様な生態系を持っています。

 国立公園は国が管理し、国定公園は都道府県が管理しています。しかし国立公園といっても全て国の土地ではなく、場所にもよりますが国有地もあれば民営地もかなりあります。
 アメリカと違って「ここから国立公園です」とゲートを設けて入場料を取るといったことがなかなかできないのが日本の国立公園の特徴でもありますが、このような国立公園をどう活かすかが重要です。
・自然公園法の目的
 国立公園は自然公園法という法律によって国から指定されているもので、「優れた自然の風景地を保護するとともに、その利用の増進を図り、もって国民の保健、休養及び教化に資するとともに、生物の多様性の確保に寄与する」ことを目的としています。

 この「自然の風景地を保護する」というのが大きなポイントで、風景をいかに守るかということが考えられています。そのために、伐採してはならない木があるといったように、もちろん生態系も保護しますが、「風景」をいかに守るかを考えているのです。 「国民の保健、教養及び教化」とありますが、「教化」とは、自然に向き合って自然体験をする中でさまざまなことを学び、より良い行いをしていく、人々のマインドの変化を指しています。優れた生態系があって、その生態系があるから優れた風景地ができるわけです。
 大事なのは、優れた自然環境はしっかり守られているという前提があり、そこで人々の暮らしやなりわいがあって地域社会と文化が存在し、その上に感動があるという考え方です。これは「鏡餅理論」と環境省の方がよく言うのですが、「保護と利用」の両方が大事だということです。優れた環境があればこそ、感動があるのだという考え方。
 自然を守りながらその恵みを生かし、人々が学び、癒され、感動できる場をつくる。それが自然公園法が目指す「保護と利用の調和」だと思います。
・国立公園満喫プロジェクトの推進について
 2016年、先述の「明日の日本を支える観光ビジョン」の中で国立公園の重要性が謳われ、「国立公園満喫プロジェクト」が始まりました。多くの外国人旅行者に国立公園へ来てもらおうと始まったものです。

 国立公園法は昭和前半にできたものですが、これはそもそもの背景として、「外国人旅行者をいかに日本に呼ぶか」という政策のためにつくられた法律です。これが後に自然公園法に変わっていき、どちらかというと保護が中心になってきました。しかし、もとは外国人旅行者を日本に呼んで外貨を獲得するために国立公園をつくって世界に発信しようという政策として始まったのです。それが今また原点回帰しているということなのでしょう。
 同プロジェクトは、「国立公園の保護と利用の好循環により、優れた自然を守り地域活性を図る」ことを目的に掲げています。そのために今、各所のビジターセンターの改修や新たな宿泊施設の建設などが計画されています。国立公園の中には荒廃した温泉地もあるので、そういった場所の廃屋は撤去するなどして、新しいホテルを建てるわけです。
 世界にもどんどん発信していこうと、SNSやWebメディアでの情報発信や旅行会社との商談などを積極的に行っています。
これらの事業には国際観光旅客税が充てられます。これは出国時に徴収される税で、現在約500億円あると思います。「保護と利用の好循環」という言葉で表わされているように、日本の国立公園の優れた自然環境を守りながら、それをどう利用していくのか、ここのバランスが重要です。
・環境省「国立公園満喫プロジェクト」
 象徴的な国立公園がいくつかありますが、例えばこの北海道の阿寒摩周国立公園。これは同プロジェクト中で実施されたものです。

 左上は摩周湖カムイテラスです。左下は川湯温泉の源泉である硫黄山で、アイヌ語ではアトサヌプリと言います。ここは活火山で噴気口から噴気が出ているのですが、これらも全部観光資源として守ろうとしています。ここはガイドと一緒でしか入ることができないと法律で定められています。これはエコツーリズム推進法という環境省の法律で、この法律に基づきエコツーリズム全体構想という計画を策定し環境大臣の認可を受ければ、保護すべき自然観光資源を特定した上で、このような特別ガイドツアーなどがつくられています。
 バブル以降、温泉街がどんどん荒廃してしまい、景観も悪くなっていました。川湯温泉街では廃屋を撤去して、美しいリゾート地に変えるべくマスタープランがつくられました。星野リゾートさんが出資するということで、温泉街の景観整備や様々な施設の計画が進められています。
・環境省「国立公園に、行ってみよう!」サイト
 このように、いろいろな国立公園を積極的に開発していこうという取り組みが進められています。日本人には国立公園がなかなか浸透していないので、環境省では日本人向けのホームページを作成して発信しています。

・環境省「国立公園のインバウンドに向けた環境整備」
 国立公園は、闇雲に人を呼ぶのではなく、守りながら活用することが大事で、そういった上質な観光客を呼ぶために、「アドベンチャーツーリズムの推進」が図られようとしています。体験コンテンツをいかに高付加価値なものにするかということで施策が動いているところです。

4.世界的に注目されるアドベンチャーツーリズム 

・世界的に成長する体験志向型の旅行市場
 今、世界的にアドベンチャーツーリズムが注目されています。世界的に「体験する旅」が脚光を浴びているのです。

 国際アドベンチャーツーリズム市場が世界的に拡大していると言われていますが、持続可能な観光への関心の高まり、自然や文化体験を求める旅行者の増加から、いわゆるユニークで没入感のある体験が求められる傾向があるだろうと思います。

・富裕層に支持される“Safari & Adventure”
 ラグジュアリーマーケットのレポートでも興味深い動きが見られます。「サファリ&アドベンチャー」という分野があるのですが、これが非常に伸びています。

 これは自然体験などのアクティビティツアーの分野ですが、富裕層の人たちもいろいろ旅をする中で自然での体験型旅行に傾向が移っています。このようなさまざまなアクティビティによる没入体験へのニーズが、世界的な高まりとしてあるのかなと思っています。

・アドベンチャーツーリズムの3要素の関係性と目的
 アドベンチャーツーリズムは単なるアウトドア体験ではありません。自然を見るだけではなく自然と触れ合って体験したり、その土地の文化や人々と関わっていくことを目的として、ウォーキングをしたりサイクリングをしたり、カヤックに乗ったりといったアクティビティを交えながらの旅行です。それらのアクティビティは、土地の物語や価値を伝える手段として、地域のことをより深く理解できるプランとして設けられています。

 受け入れる地域の人たちにも経済的・社会的なベネフィットをもたらす必要があります。旅行会社など、いわゆる旅行業界・観光業界だけが利益を得るのではなく、地域にもきっちりメリットがあるような形にしながら、自然や文化を守って未来に引き継ぐことを考えて実施する旅ということで、持続的な旅の形と言われています。
・アドベンチャーツーリズムのツアーの中に組み込むアクティビティ・体験事例
 ツアーの中でも、こうしたアウトドア体験や文化体験を織り交ぜながら、期間も比較的長い旅行商品がつくられており、非常に人気が出てきています。単なるアウトドア体験ではなく、文化体験も融合した高付加価値な自然・文化体験の旅行が、今一つの観光の形として注目されています。

・世界の憧れとなった日本を歩く旅
 「JAPAN ADVENTURE」と銘打って、日本のアドベンチャーツーリズムを、お遍路なども含めて発信しながらブランディングを展開しています。
 
 背景には日本の「道を歩く旅」があり、今や世界の憧れになっています。まず中山道や熊野古道が人気になり、続いて四国のお遍路も人気となりました。

 最近は東北のみちのく潮風トレイルや、長野から新潟にかけての塩の道トレイル、そして大分県の国東半島峯道ロングトレイルなど、日本人でも歩かなかったところに、特に欧米を中心に旅行者が来ています。

・日本のアドベンチャーツーリズムのパイオニア“WALK JAPAN”社
 これらが人気になってきた背景に、例えばWALK JAPANの存在があります。ポール・クリスティさんが会長を務める同社は、長らく「歩く旅」に注目して、非常に単価の高いツアーを提供しています。
 
 日本の古道や物語性のある道など、「歩く」だけでもさまざまなラインナップがあります。

・国東半島峯道ロングトレイル
 例えば大分県の国東半島。大分空港のあるエリアは1300年の歴史があり、そこに平安時代から変わらない、世界農業遺産になっている田園風景があります。

 このように、今でも修験者たちが歩くような生きた道を歩き、地元の人と山岳宗教の関わり合いを感じながら、歩かないとたどり着かない場所に行くわけです。

 このような旅行が10日間で50万前後で売られており、外国人の方々に支持されてあちこちに旅行者が訪れるようになってきています。

・アドベンチャーツーリズムが目指す「量」から「質」への転換、そして「持続可能」へ
 アドベンチャーツーリズムは非常に単価が高いので、クルーズ船のようなマスツーリズムで1万ドルを目指すには100人必要なところを、アドベンチャートラベラーなら4人で事足ります。しかも地元の雇用や地元のものを使えるため、国に残るお金も圧倒的にアドベンチャーツーリズムのほうが大きくなります。

 雇用創出効果も大きいということで、数をある程度抑制的にしながらも消費額を高めていく一つの手法として、日本の官公庁からも注目をいただいています。
・アドベンチャーツーリズム推進でターゲットとする顧客:欧米豪市場のアドベンチャーツーリズム顧客層
 今は東アジアとアメリカが日本の主力のインバウンド誘致先ですが、世界のトラベル市場、いわゆる世界的なソースマーケットから見ると、イギリス、ドイツ、フランスも非常に大きなマーケットであり、まだまだ日本に来ていただく必要があります。

 これらの国の人たちは長く滞在して多くのお金を落とす可能性が高いですし、教育水準も知的好奇心も高く、自然や文化に関心があって、サステナビリティ的な視点も持っており、日本文化や日本人に対するリスペクトも非常に高いです。しかもフィールドが地方であるため、アドベンチャーツーリズムがこれから伸びるだろうと思われます。
・期待されるアジア諸国・地域のアドベンチャーツーリズムニーズの高まり
 アジアもこれからますます旅行が成熟してくると思います。実際に中国の人たちはスキーやマウンテンバイクが好きですし、韓国の方は登山に関心が高く、東北や九州の山に登りに来ています。

 台湾の方もスキーが好きですし、アウトドアやスポーツ全般が好きですね。香港の人も非常に日本の自然を好みます。シンガポールは今、世界的に最も長寿な国になりそうで、ウェルネス政策が強化されており、1人当たりのGDPも非常に高い。自国が狭いこともあって日本の自然に対する憧れが強く、さまざまなアクティビティへのポテンシャルが極めて高い国です。
 そういうわけで今、アジアのマーケットを狙っていこうという動きもあります。

5.世界に選ばれるデスティネーションを目指して 

・観光客数増加に行い顕在化する課題
 私たちは持続可能な観光を目指さなければならないと考えているので、観光公害についても考えねばならないと思います。
 こちらは2024年ゴールデンウィーク時の清水寺の前の道ですが、途中で詰まって動かない状態です。二年坂のほうに行くと全然混んでおらず、この道だけが異様に混んでいるという変な状況で、いわゆるオーバーコンセントレーションの典型のような場所です。

 旅行者の需要量を考えることも大事ですが、やはり受け入れ側の供給量も考えながら、どうバランスをとるかが課題で、「量」の観光から「質」の観光に日本は転換する必要があると思います。
 観光振興に取り組む上で、経済活動なのか? 持続可能性なのか? という二律背反のような考えがあります。環境、社会、経済、どれを取ればどれがマイナスになるのか、いろいろな意味でトレードオフ関係にあるのではないでしょうか。これをいかに「三方よし」にするのかが課題であります。

・持続可能な地域づくりの考え方
 小泉内閣のときに「『住んでよし、訪れてよし』の観光地づくり」というキャッチフレーズで観光立国が始まりました。

 これは「住んでよし」を先に持ってきたことに意義があります。観光客の満足度や、観光ビジネスに携わる人たちのベネフィットだけではなく、生活環境の確保があって住みやすいまちをつくっていかねばなりません。
・京都市が目指す持続可能な京都観光のあり方
 京都は非常に常に悩ましい状況に置かれていると思うのですが、観光計画の中でもやはり今、市民の満足度に比重を置いた施策が打たれています。

・観光サステナビリティ・トランスフォーメーション(観光SX)とは?
 私どもは今、新しい概念を提唱させていただいています。サステナビリティ・トランスフォーメーション(観光SX)というものですが、企業の中でも出てきていると思います。サステナビリティ・トランスフォーメーションとは、気候変動や人権問題などの社会課題に合わせて経営・事業改革を行い、企業価値を上げることを指します。サステナブルな取り組みだけではなく、自社の企業価値も上げていこうという概念です。

 これを観光にどう応用するかということですが、サステナブルな観光地を目指しながらも、その地域の魅力をどう上げていくのか、それらを両立することが大事なのではないかと思っています。 
 その意味でこの観光SXは私が提唱している概念ですが、観光地の価値を上げながら、地域社会に貢献しながら、旅行者にしっかり価値を提案していくことが大事で、あれをしてはいけない、これをしてはいけないといった、ある意味の罰則や規制も大事なのですが、しっかり旅行者にも価値を提案しながら、能動的に旅行の行動変容を促すことも同時に行う必要があるのではないかと思っています。
・「観光SX」で目指したい地域内の相互作用サイクル
 その上で、コミュニティの安全も守りながら、事業者の利益を追求するのですが、やはり旅行者の楽しみやお困り事を同時に解決していくことも大事だと思っており、循環的に行っていく必要があります。

・観光SXの取り組みで目指す持続可能な観光地域づくり
 今盛んにオーバーツーリズム対策が叫ばれるのですが、もっとうまく旅行者に価値を提案しながら、ポジティブに旅行行動の変化を促していくことも考えていく必要があると思っています。

 オーバーツーリズムは「時間」と「空間」の分散が大事なポイントになってきており、その辺りは当社のホームページ内の私のコラムで発信しているので、詳しくお知りになりたい方はご覧ください。

・【事例】京都市における「朝観光/夜観光」
 京都では、例えば「朝観光」「夜観光」を打ち出して、朝と夜の魅力を上げていこうと、時間の分散を図ろうとしています。やはり盛んに夜のプログラムをPRされています。ちょうど今も、10月の嵐山のライトアップが始まっていましたが、朝と夜のさまざまなプログラムが提案されています。

 また「京都一周トレイル」として、さまざまなコースで歩く道を提案しています。外国人旅行者の方々も、決して混み合ったところにとどまりたいわけではありませんから、価値を提案することによって、能動的にエリアの分散を図っています。

・サステナブルツーリズムに取り組む京都市
 京都は「1000年後の京都を守る」ために、サステナブルツーリズムに非常に関心を持って取り組まれています。「京都観光モラル」を打ち出し、さまざまなステークホルダーに対してのメッセージを発信しています。いかに1000年後の京都を守るかという意思が重要なのだと思います。

・富良野美瑛観光圏
 こちらはまた全然違う場所で、北海道の話です。富良野美瑛という美しい田園風景があります。これらの田園風景は、決して観光のためにつくられたわけではなく、長い期間をかけて北海道を開拓した人たちが命がけでつくり上げてきたものです。十勝岳の大噴火による火砕流で百数十人の方が亡くなったりもしながら、本当に命をかけてつくってきたから、今この美しい田園風景があります。

・【富良野・美瑛観光圏】観光地域づくりの考え方(理念)
 その風景を求めてたくさんの観光客が来ます。だから観光に関わる人たちはこの風景を守らねばならないということで、富良野美瑛観光圏の観光ビジョンでは、「豊かな自然と美しい田園を100年後の子孫に今以上にしてお返しする」と謳われています。

 観光で経済活性化を図るといった狙いは当然あるのですが、大きな目的、つまり何のために観光振興を行うのかというパーパスとして、100年後の子孫に今以上の美しい景観を継承していくのだという思いがあります。
 このような思いは、「スチュワードシップ」と呼ばれます。スチュワードシップとは、先人から預かった自然や財産を、責任をもって管理し、大切に守りながら未来の世代に引き継いでいくという考え方です。

 それぞれの地域が、デスティネーション・スチュワードシップの考え方の中で観光振興に取り組む必要があります。闇雲に誘客してしまうと取り返しのつかないことが起きてしまいます。
 私たちはいろいろな地域を訪問していますが、まず、はじめに申し上げるのは「みなさんは、未来に何を遺したいですか?」という問いです。こう問いかけながら観光振興に取り組んでおります。

 私の話は以上でございます。ご清聴ありがとうございました。
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