-学識者による研究レポート-
錦織 剛 氏
株式会社日本空港コンサルタンツ
コロナ禍を経た我が国の国際航空ネットワークの回復は、訪日需要が旺盛な近距離の東アジア(中国を除く)が先行してきた1) 。しかし、直近では新千歳空港におけるシドニー線の復便、2026年12月からの新千歳-バンクーバー線やサンフランシスコ線の新規就航など、三大都市圏以外の主要空港においても長距離国際線が増加しつつある。
欧米豪をはじめとする長距離路線の旅客は、東アジア圏の旅客と比較して滞在日数が長く、1人あたりの旅行消費単価が約2倍高い特徴2)を持つ。大阪・関西万博以降の持続的な地域経済活性化や外貨獲得において、この高付加価値な欧米豪インバウンド需要の取り込みは、関西圏のみならず日本各地の自治体・経済界にとって成長エンジンとなる。しかし、航空会社は機材不足や燃料高に直面しており、とりわけ長距離路線になるほど、初期投資や運航コストが高額になり、季節変動による需要リスクも高まることから、着陸料割引など空港単体の活動だけで路線を維持することには限界がある。
本稿では、まずマクロな環境変化として東アジアにおける長距離国際線の動向を整理した上で、長距離路線の需要の内訳に着目して乗継需要の特徴を分析し、その利用実態を明らかにする。その上で、海外の先進的な空港(ブリスベン、マンチェスター)における地域(自治体や観光局)の路線誘致の取り組み事例を整理する。
1) 2026年7月の日本出発便数の2019同月比:東アジア(中国除く)1.24、欧米豪0.93
2) インバウンド消費動向調査(2025年)

長距離国際線を誘致・維持する上で、まず理解すべきはその需要構造である。長距離路線の旅客は、乗り換えなしの直行旅客(OD)だけで構成されているわけではなく、出発地側での乗継客(Behind)や到着空港の以遠へと乗り継ぐ客(Beyond)といった、多様な乗継旅客との組み合わせによって成立している。例えば、東京=ロサンゼルス線(2024年データ)の利用区間を分析すると、純粋な直行旅客(OD)は全体の52%を占める一方、残りの48%は双方の空港における何らかの乗継旅客で構成されている(図1)。乗継旅客の発着地を詳細に見ると、米国側ではラスベガス(年5.7万人)やフェニックス(年2.8万人)への乗継が多く、日本側では大阪(年5.4万人)や沖縄(年2.9万人)、さらにはマニラ(年3.7万人)、ホーチミン(年3.6万人)といった東南アジア主要都市からの乗継需要が、当該路線を下支えしている。
また、ハワイアン航空の事例に着目すると、航空会社のハブ機能が路線需要を下支えする構造が見えてくる(図3)。同社の日本路線を見ると、出発地が日本のどの空港であっても、ホノルル空港での以遠への乗継客の割合は概ね15〜20%と類似している。これはハワイアン航空が構築するホノルル空港でのネットワークによって、一定の乗継需要が安定して創出されていることを示している。そして同時に、残りの約8割の旅客数は、日本側の出発地(広域背後圏)において確実な需要を確保しなければならないことを意味している。
例えば新千歳(CTS)=ホノルル路線を見ると、日本側(新千歳空港)での乗継旅客が約2割存在しており、その発着地は仙台、女満別、新潟、青森など、東北や北海道内全域に及んでいる。すなわち、地方空港発着の長距離線においては、相手空港側の乗継需要に頼るだけでなく、日本側の背後圏との需要の集約が、路線の存続を左右しているのである。実際、東京に在住する筆者自身も、コロナ前にホノルル空港から新千歳空港を経由して羽田空港へ戻る旅程を利用した経験があり、新千歳空港が北海道の需要だけではなく、広域の結節点として機能しうるポテンシャルを肌で感じている。今後、同空港から新たに開設されるバンクーバーやサンフランシスコといった長距離路線が定着するためにも、道内はもとより、直行便を持たない東北エリアなどからの確実な需要集約によって、路線維持の土台となるベース需要を強固にしていくことが不可欠となるだろう。

こうした広域からのベース需要をいかにして地域主導で創り出し、航空会社の就航・定着を引き出していくべきか。次章では、海外の先進的な空港の事例を紹介する。
海外の先進的な地方空港では、航空会社が最も懸念するシドニーやロンドンといった大都市(ハブ)に比べて、路線維持の土台となるベース需要(地域発着需要)が少ないというリスクに対し、地域(自治体や観光局)が空港と連携して、需要喚起や路線定着に向けた支援を一体となって実施している。
ここでは、関西国際空港と交通量が類似する豪州のブリスベン空港、及び英国のマンチェスター空港の事例を取り上げる。各空港の年間乗降客数及び発着回数は表2のとおりである。
ブリスベン空港が立地するクイーンズランド州では、長距離線誘致にあたり、観光消費額の目標や優先市場を明示した航空戦略を策定し、それに基づいて官民一体の共同マーケティング資金を活用している。
まず、州観光局(TEQ)で、2018年から2025年までを対象とする航空戦略「Aviation Framework 2018-2025」を策定し、地域の観光消費額の目標値から逆算して重点誘致市場の優先順位を設定した。この目標を達成するための路線を誘致するため、州政府(DETSI:環境・観光・科学・イノベーション省)は航空路線誘致基金を創設し、行政側の予算を確保した(1億豪ドル=約100億円)。
本予算の活用のポイントは、①航空戦略との整合性、②成立確度の高い路線への支援、③基金からの支援額と同額の費用負担である。空港会社は、事前に航空会社などと交渉したうえで、就航意向やプロモーション内容を取りまとめた提案書を作成し、州政府に申請する。これを州政府や州観光局が、経済波及効果や需要創出の観点から審査した上で支援を決定する。採択された場合、州政府の支援額と同額以上の自己資金を空港会社側も負担し、官民共同のマーケティング資金として活用される。このようなリスクシェアにより、デルタ航空やアメリカン航空といった米系航空会社の新規誘致に成功した。
2026年以降もこの取り組みは進化している。2032年のブリスベン五輪を見据えた20か年戦略「Destination 2045」のもと、新たな路線誘致の基金「Connecting Queensland Fund」に移行した。2025年までと同様に官民共同のマーケティング資金となっており、国際線の誘致に加えて、州内各地の観光地へ旅行者を広げるための国内線にも適用される。
マンチェスター空港が立地するグレーター・マンチェスター合同行政機構(GMCA)では、中国路線の誘致にあたり、専門の官民連携プラットフォームであるマンチェスター・チャイナ・フォーラム(MCF)を2013年に設立した。 MCFは、マンチェスター地域と中国との長期的な経済、教育、文化の関係を強化するための組織であり、自治体、経済振興機関、大学および民間企業で構成される。
MCFは、中国との航空ネットワークの拡充を、地域の経済発展戦略の一要素として位置付け、投資、教育、研究、観光、文化交流を含む総合的な地域外交を展開することで、中国との持続的な人的・経済的な結びつきを強化した点に特徴がある。このようにマンチェスターでは、路線誘致自体を目的化するのではなく、地域経済を発展させるための手段として位置付けて取り組んでいる。2013年の設立以後、2014年にキャセイパシフィック航空による香港路線、2016年に海南航空による北京路線が開設された。
路線開設後も、MCFは中国の主要都市との都市間連携や企業・大学間交流を継続的に推進し、中国企業による投資誘致、中国人留学生・観光客の受入れ拡大、ビジネスマッチング等に取り組んだ。MCFの設立から現在までの中国企業が参画するプロジェクトの累計開発価値は60億ポンド(約1兆2,000億円)を超え、マンチェスターは英国における中国との経済交流拠点の一つとして位置付けられている。
中国市場での成功を受け、GMCAは2018年にマンチェスター・インディア・パートナーシップ(MIP)を設立した。MIPは、MCFと同様に官民学が連携してインドとの関係強化を図るためのプラットフォームとして機能している。MIPの設立以来、マンチェスターとインド市場との結び付き強化が進められ、2025年にはインド最大手航空会社であるIndiGoが欧州初の就航地としてマンチェスターを選定し、ムンバイ線を開設したほか、その後デリー線も開設された。
長距離路線の旅客需要は、広域的な背後圏からの集客と、航空会社が有するネットワーク上の乗継需要の組み合わせによって成立しており、航空会社が就航を判断する際には、地域がどれだけ安定した需要を創出・維持できるかが重要な要素となる。
本稿で取り上げたブリスベンおよびマンチェスターの事例に共通するのは、路線誘致を空港政策としてではなく、観光、投資、産業振興、人材交流を含む地域の成長戦略の一環として位置付けている点である。自治体、観光局、経済団体、大学、空港会社が共通認識を持ち、それぞれの強みを活かしながら航空会社と向き合うことで、長距離路線の開設だけでなく、その後の定着や需要拡大にもつなげている。
長距離路線の誘致は、それ自体が政策目標ではなく、地域経済の成長や国際競争力向上を実現するための手段である。したがって、路線開設によって生まれた交流機会を継続的な投資、観光、教育、研究活動へと発展させ、需要を中長期的に育成していく視点が不可欠となる。航空ネットワークの価値は、就航そのものではなく、その後の地域の取組によって高められていく。