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今月のセミナー

-関西空港調査会主催 定例会等における講演抄録-

空港旅客部門におけるリテンションの促進に向けて
―「職場の人間関係」に焦点を当てた理論と実践―

田中 秀樹 氏

株式会社ANA 総合研究所 主席研究員 

●と き 2026年7月23日(木)

●ところ 大阪キャッスルホテル7階 菊・桜の間(オンライン併用)

はじめに/ANA総合研究所とは

 本日は、「空港旅客部門におけるリテンションの促進に向けて」と題し、特に職場の人間関係に焦点を当ててお話をいたします。
 私ども航空業界の一部門の事例ではございますが、本日の内容が皆様の組織運営へのヒントになり、少しでもお役に立てれば幸いでございます。どうぞよろしくお願いいたします。
 本題に入る前に、私どもANA総合研究所について少しご紹介いたします。

 当研究所は、新たな価値創造の実現に向けて、航空分野にとどまらず社会の「将来の在り方」を調査・研究するシンクタンクとして活動しております。私たちの事業は、「航空産業の発展」、「広く社会で活躍できる人財の育成」、「地域の活性化」という3つの柱から成り立っています。
 こうした事業を展開する当研究所が設立されたのは2006年で、今年で創立から20年ということになります。当時のANA社長の「ANA本体から少し離れてアンチテーゼを自由に発想せよ」という思いを受けて立ち上がった組織です。
 設立以来、先ほど申し上げた事業の柱に沿ってさまざまな実績を重ねてまいりました。
 
 例えば人財の育成では、全国100校以上の大学、専門学校へ講師を派遣しており、地域の活性化に関しては「北前船」をテーマにした地域間交流を促進してまいりました。また、新たな価値創造の取り組みとして、最新刊が183号になる機関誌「ていくおふ」の発行や、100件を超える研究レポートの発信などもこれまで行っております。

自己紹介

  このような当研究所において、私自身がどのような背景を持って本日のテーマに取り組んできたのか。本題に入る前に少しだけ自己紹介をいたします。
 私は1988年にANA、全日本空輸に入社いたしました。それ以来空港部門が非常に長く、通算で27年間在籍しておりました。空港でいうと、羽田、成田、台北、沖縄、関西と、さまざまな空港で現場のマネジメントを中心に、業務全般に従事してまいりました。
 関西とのご縁という点では、2018年から5年間、関西空港に赴任しておりました。着任した年の2018年9月4日には、台風21号による関西空港の水没という大きな災害が発生し、私も現場でその対応にあたりました。さらにその後はコロナ禍が重なり、振り返れば非常に厳しい環境の中で過ごした5年間でした。

本テーマに至った背景と導き出される「仮説」

 このような現場経験の長い私が、なぜ今人材の定着、リテンションをテーマに研究を行っているのか、その背景をご説明いたします。
 ANA総研での研究は、各自好きなテーマを研究してもよいことになっています。ただそんな中、総研全体として「ここは強化していこう」と定められた重点テーマがありました。それが「我が国における労働力不足への対応」というものです。そして、この組織としてのテーマに、私自身のある極めてリアルな実体験が重なりました。それが、2023年度に羽田の最前線で直面した、「止まらない離職」への苦悩です。

 その時に感じたのは、「処遇改善を行っても、なぜ人は定着しないのか?」ということでした。そこから強い問題意識を持つようになり、その問題に対応するにあたって何かヒントはないかといろいろな理論を勉強し、さらに現場においてマネジメント層から新入社員まで、60人以上と1対1で1時間ほどじっくりと、職場の問題点について対話を重ねました。
 対話を重ねる中で見えてきたのは、コロナ禍を経て深刻化した「職場の人間関係の希薄化」という現実でした。 この現実を直視する中で導き出されたのが、「見えない職場の人間関係に正面からメスを入れなければ、人材の定着はありえないのではないか」という仮説でした。
 さて、これから話をするにあたって、皆様と認識をそろえておくため、本日用いる主要な用語の定義をここで共有いたします。

「リテンション」の定義

 「人材の定着」は、従業員が組織にとどまるという状態や動きなどのことを言い、「リテンション」は、その定着を促すための組織的な施策や戦略、あるいは理論の総体を言って使い分けています。
 また、本日焦点を当てる「職場の人間関係」ですが、これは単なる友好的な関係にとどまらず、相互の協力や信頼、尊重、心理的な安心、そのような要素を含んだ関係性を意味しております。

2025年 研究レポートの紹介

  この仮説を検証し、課題の深掘りを行ったのが、昨年私がホームページで公開した研究員レポートです。結構なボリュームがあり、3編にわたっているのですが、本日の話はこちらをベースに構成しています。詳細なレポートはANA総合研究所のホームページで公開しておりますので、後ほどぜひご覧ください。

本日の内容

 本日は「職場の人間関係」に焦点を当てて、リテンションを促進する有効な方向性を明らかにすることを目的として、4つのセクションでお話いたします。

セクション1 空港旅客部門における人材の現状と課題

 まず1つ目は、空港旅客部門における人材の現状と課題についてです。

空港旅客部門の特殊な業務特性

 まずは今回の研究対象である「空港旅客部門」の業務特性について、あらためて押さえておきます。

 図にありますように、この部門はランプ部門や運航部門等との高度な情報共有が常に求められます。そのために、業務にあたって相互の信頼関係に支えられた強固な「チームワーク」が不可欠である点に大きな特徴があります。
 また、お客様に直接サービスを提供する「接客要素」が非常に強く、高いコミュニケーション能力や臨機応変な対応力が求められます。
 環境的な側面としては、航空機の運航時間に合わせて、早朝や深夜を含む不規則な「シフト勤務」を余儀なくされるという宿命があります。
 また、知識の習得という部分でいうと、基礎知識を習得した後は「OJTで実践的スキルを習得」するのが一般的です。
 そして、本日強調しておきたいのが、この中心に位置する「感情労働」という要素です。これは、空港旅客部門で働くスタッフ一人ひとりが自らの感情を意識的にコントロールし、プロとして求められる適切な感情を表し続ける労働形態です。多様な背景を持つ不特定多数の旅客と日々対面し、さらに欠航などのイレギュラー対応が頻繁に発生する現場においては、常に冷静かつ丁寧に対応することが強く求められます。
 こうした感情の自己管理は、現場のスタッフに多大な精神的ストレスをもたらします。その結果として、バーンアウト、いわゆる燃え尽き症候群を引き起こすリスクが高いという点が、同部門ならではの業務特性と言えます。

空港旅客部門における人材確保と離職の現状

 では、こうした特殊な業務特性を持つ空港旅客部門において、現在の人材確保と離職の状況はどうなっているでしょうか。

 まず、人材確保に向けた取り組みについて、図の左側にありますように、現在、業界全体で人手不足という課題に向けた取り組みが進められています。さらに社会的な賃上げトレンドの後押しもあって、2024年度には年収ベースで約115%という大幅な処遇改善が実施されました。
 では、実際の離職状況はどうでしょうか。図に示す直近のデータから現状を分析してみます。主要各社において、採用2,914名に対し、離職は1,543名となっています。一見すると採用者数の方が断然多いので、人材の流出という問題はなさそうに見えるかもしれません。しかし比率で見ると、採用2に対して離職1であり、せっかく採用した人材の約半数が流出するという、非常に高い流出率を示しています。
 これは、大幅な処遇改善が進む一方で、依然として「採用できても定着しない」という厳しい現実があることを意味しています。
 私がレポートを書いた際に使用した2023年度の実績を見ると、採用4,021名に対して離職が2,907名と、実に『採用3に対し、離職が2』という極めて高い流出率でした。それに比べれば、2024年度は定着率に確かな改善傾向が見られます。 人員数自体も、2024年度にはコロナ前の約95%まで回復しました。しかし、これで安心するわけにはいきません。その中身を見てみますと、全体の約4割を、採用3年未満の経験が浅いスタッフが占めているからです。 折しも、訪日外客数が過去最高を更新するなど、観光需要は急速に回復しています。つまり現在の現場は、若手を育てながら、同時に多くのお客様をお迎えしなければならないという、非常に難しい状況に向き合っているのが実態です。
 このように、定着率に改善の兆しは見えつつも、やはりそこには賃上げのみでは解決しきれない、労働環境そのものに根ざした課題が根本に存在していると言わざるを得ません。

表面化しない「本当の離職理由」

 では、その根本的な課題とは何でしょうか。これだけ処遇が改善されてもなお、一定数が離職し定着に至らない背景には、表面化しづらい本音が隠されているのではないか、と考えられます。ここでは一度空港部門を離れて、一般的な傾向を見ていきます。

 左側は厚労省の公的データを取りまとめたもので、これは女性のデータを示しています。離職理由の第1位は「その他の個人的理由」、第2位が「労働時間・休日等の労働条件」、そして第3位が「職場の人間関係」となっています。「給与が低い」という理由がもっと上位なのではと思われるかもしれませんが、その割合は予想に反して低くなっています。
 第1位の「その他の個人的理由」というのは非常に曖昧な言葉ですが、その裏には会社に直接言いにくい人間関係などの本音が隠されていると考えられます。実際、ある民間調査会社が2025年に行った「離職理由の本音と建前に関する実態調査」によれば、離職者の88%、9割に近い人が本音の離職理由を会社に告げていないことが分かっています。
 そこで、右側の求人サイト「エンゲージ」で行われた「本当の離職理由」調査を見てみますと、「給与が低い」を大きく上回って50%弱の人が「職場の人間関係」を挙げて、圧倒的トップになっています。この傾向は1つの調査にとどまらず、最近のさまざまな民間調査においても、「職場の人間関係」は軒並み離職理由のトップクラスにランクインしています。
 公的データの裏に隠された本音や、こうした数々の調査結果を考慮すると、女性の離職理由として「職場の人間関係」が極めて大きな要因であることは明確に示されており、人材定着を阻む大きな障壁はまさにここにあると言えるでしょう。
 そして、この一般的な傾向は、空港旅客部門においても同様に当てはまると考えられます。

高離職率が現場にもたらす深刻なダメージ

 再び空港旅客部門に話を戻します。空港旅客部門において、人間関係を理由に人が辞め続けることは、単に頭数が減って忙しくなるといった次元の話ではなく、組織の基盤そのものを蝕む、深刻な事態を引き起こします。

 まず第1に、離職した分の採用を継続的に行わなければならないため、職場における新人の割合が増加し、全体のスキルレベルが低下してしまいます。経験豊富な人材が欠かせない現場において、これは顧客サービスの質の低下や稼働効率の悪化に直結しかねません。
 第2に、新人の比率が高まり、組織の年齢構成がいびつになると、経験不足な新人を指導するマネジメント層や中堅層の負担が激増し、彼らが疲弊していきます。
 そして第3に、疲弊した中堅層、マネジメント層が日々の業務に追われる結果、どうしても新人や若年層への育成不足が引き起こされてしまいます。育成不足で十分なフォローができないと、そのような状況で厳しいシチュエーションに置かれ、さらに厳しい指導に直面した新人がメンタル不全に陥り、さらなる離職を誘発していきます。
 これこそが、一度陥ると抜け出すことが難しい「負のスパイラル」の実態です。この連鎖を断ち切らなければ、持続的な組織運営は非常に困難になります。
 ここまでをまとめますと、このセクションでは、感情労働をはじめとする業務の特殊性とデータが示す「採用できても定着しない」という構造的な問題を見ていただきました。これらの現状分析は、「見えない職場の人間関係に正面からメスを入れなければ、人材の定着はありえないのではないか」という仮説を、まさに裏付けるものとなりました。誰もがその重要性を認識していながらも、これまで組織として体系的な対策がほとんど取られてこなかったこの「職場の人間関係」こそが、まさに私たちが直面している問題の根源なのです。

セクション2 人間関係の課題への理論的アプローチと問題分析

 続いて、これまで述べてきた現状分析を踏まえてセクション2に入ります。負のスパイラルの背景にある「職場の人間関係」という課題に対して、個人の資質や相性の問題として片付けてしまっては、根本的な解決には至りません。
 このセクションでは、職場の人間関係がリテンションを左右する仕組みを、関連する諸理論に基づいて解き明かしていきます。
 さらに、その理論的枠組みを用いて、空港旅客部門が抱える「人間関係の課題の本質」を掘り下げていきます。

リテンションを紐解く特徴的な3つの理論

 リテンションを紐解く上で、人間関係に関する数ある理論の中から、特に重要な7つの理論を詳しく考察いたしましたが、本日はその中から特徴的な3つを取り上げます。

 1つ目は、アメリカの心理学者フレデリック・ハーズバーグによる「二要因理論」です。給与や労働条件といった「衛生要因」は、改善しても不満を減らすだけにとどまります。一方で達成感や承認といった「動機づけ要因」は、満たされると仕事への満足が増えます。
 良好な人間関係は、不満を軽減するだけではなく、「相互の承認」や「貢献実感」といった動機づけ要因の側面も持ち合わせており、ハイブリッドで特徴的な要素です。
 2つ目は、ダニエル・キムによる「組織の成功循環モデル理論」です。私たちはつい「結果の質」ばかりを求めがちですが、まずは「関係の質」が出発点となるというのがこの理論です。そこから「思考の質」→「行動の質」→「結果の質」の順番で連鎖的に作用していくというものです。質の高い結果を持続的に生み出すには、まず「関係の質」を向上させることが重要であるというのが、この理論の大きなポイントです。
 3つ目は、イギリスの人類学者ロビン・ダンバーによる「ダンバー数理論」です。人間が脳の認知機能として安定した親密な関係を維持できる人数は約150名であり、組織の規模がそれを超えると相互理解が難しくなり、人間関係が希薄化してしまいます。
 その他、「関係性資本理論」「感情イベント理論」「組織コミットメント理論」「シャインの組織文化論」などの理論も研究レポートでは考察しています。

リテンションに至る概念モデル

 これらの理論を一つの体系的な流れとして整理したものが、この「リテンションに至る概念モデル」です。図の下から上へ向けて、段階的な連鎖をご覧ください。

  全ての土台となる「組織文化」は、組織に共有された価値観などから形成され、従業員の意識や行動に大きな影響を与えます。この組織文化があって、日々の具体的な関わり合い、すなわち「職場の人間関係」が育まれていきます。さらに、その良好な関係性の中から、感謝や共感といったポジティブな「職場の感情」が生まれてきます。こうしたポジティブな感情が、仕事への意欲や組織への貢献意欲である「エンゲージメント」を高めていきます。その結果として、組織への愛着が深まり、最終的に「リテンション」につながる可能性が高まります。
 つまり、「リテンション」という結果を得るためには、その出発点である「組織文化」、そして「職場の人間関係」に働きかけることが不可欠であることを示しております。

空港旅客部門における人間関係の問題分析

 では、この概念モデルを分析の土台とし、空港旅客部門の現場の具体的な人間関係の問題に当てはめてみます。まず人間関係の問題を大きく4つに整理し、私が現場で拾った声なども入れながら、それぞれの問題の背景や原因についてご説明します。

 問題の1つ目は「関係性の希薄化とコミュニケーション不足」です。現場からは「先輩に挨拶をしても反応がないことがある」といった声が上がっています。こうした事例に直面すると、つい「最近の若手はコミュニケーション能力が低いのではないか」と個人だけの問題として捉えてしまいがちです。しかしその背景には、業務の特殊性であるシフト勤務による対面率の低さや大規模な組織構成によって、日常的な雑談や交流機会が物理的に難しくなっている現実があります。このように、メンバー間のつながりが生まれにくい環境そのものが、関係構築を阻む「構造的な要因」となっています。
 続いて2つ目は「信頼関係と協力関係の問題」です。声としては「周囲が忙しそうで、わからないことが聞けない」、「困ったときに助けを求められない」といったものが聞かれます。これも、個人の相性という一言で片付けられるものではありません。慢性的な人手不足や業務が集中する状況の中で、特に若年層が安心して助けを求められる環境が損なわれてしまっています。これは構造的な要因に加え、メンバー同士でお互いを支え合う「組織文化」が根付いていないことに、根本的な原因があるということです。

 3つ目が「感情的な負担とエンゲージメントの低下」です。現場からは「クレーム対応が精神的にきつい」という切実な声が聞かれました。これも「個人のストレス耐性が低いからではないか」と片付けられがちなのですが、その根底には、「感情労働」から生じる日々の精神的なストレスと、その負担への配慮に欠ける「組織文化」の問題があります。こうした配慮の欠如が、従業員の組織に対する愛着や信頼を奪ってしまっていると考えられます。
 最後の4つ目は、これら構造と文化の壁が組み合わさった「組織構造や組織文化がもたらす人間関係の問題」です。現場からは「顔と名前が一致しない人が多い」という戸惑いの声や、「先輩からの厳しい指導でメンタルにダメージを受けた」といったリアルな声が上がっています。こうした声の背景には、ダンバー数をはるかに超える大規模組織ゆえの「構造の壁」と、旧来の体育会的な価値観による「文化の壁」という2つの大きな障壁が潜んでいます。これらが今の若年層の価値観とミスマッチを起こし、結果としてメンバーを孤立させ、帰属意識の低下を招いています。

セクション2のまとめ

 それではセクション2をまとめます。現在の空港旅客部門が抱える人間関係の問題は、決して個人のコミュニケーション能力不足や相性の悪さ、ストレス耐性の低さといった表層的なとらえ方をすべきではありません。では「本質的な問題」は何か。現場における具体的な問題分析等を踏まえると、それはやはり関係構築を阻む「組織構造」と、感情的負担をケアできない「組織文化」の2つの問題ということになります。

セクション3 リテンションを促進する方向性の提言

  では、この本質的な問題に対して、具体的にどのようなアプローチを取るべきかについて説明していきます。

短期的な対策:ダンバー数理論の活用

 短期的な対策としては、関係構築の土台となる構造的、物理的な環境整備に取り組みます。具体的にはダンバー数理論を組織設計に応用します。

 人間が安定した人間関係を維持できる上限は約150名とされているので、なるべく組織単位をそのようにつくっていきます。しかし、大規模な組織において、すぐに組織体制そのものを見直すことは容易ではありません。そこで、例えばシフトを組む際に極力同じ班のメンバーが日常の業務を共にできるようにするなどの、運用上の工夫を行います。
 こうした工夫により、メンバーの顔と名前を一致させて互いの個性が理解しやすくなれば、現場には「いつもの顔なじみの仲間がそばにいる」という計り知れない安心感が生まれます。そしてこれこそが、人間関係の希薄化を防ぐ第一歩であり、次の中長期的な取り組みを機能させるための不可欠な前提となります。

中長期的な対策:組織文化の構築

 こうして、まずは短期的な取り組みで関係構築の構造的な土台を整えます。その上で、中長期的な視点から人間関係の質を向上させるためには、組織文化を意図的に見直し、望ましい状態へとつくり変えていく必要があります。

 空港旅客部門において私たちが明確に目指すべきは、「お互いを尊重し、支え合う」組織文化です。感情労働によるストレスや助け合いが困難になっている現場の状況を考えると、こうした組織文化への変革が有効かつ不可欠と言えます。
 では、そのような見えない組織文化をどのようにつくり上げていくべきでしょうか。組織文化という、抽象的でなんとなくぼんやりしているものを、どう明らかにしていくのかがポイントになります。
 そこで私が提案するのが、組織文化の重層的な構造を明確にし、意図的にデザインしていくというアプローチです。
 具体的には、全ての土台であり、組織の根本的な思想である「哲学」に、「人と人との絆を組織の礎とする」という考え方を置きます。
 次に、日々の意思決定をする際の内的な羅針盤となる「価値観」として、「人材の長期的な定着を最優先する」ことを掲げます。さらに、その価値観を具体化する「行動規範」の核心として、「メンバーを大切にする」という基本姿勢を定めていきます。
 「困っている仲間がいれば、真っ先に手を差し伸べる」「意見が違っても相手の人格を否定せず対話する」。こうした当たり前の実践こそが、目指すべき組織文化の具体的な体現となります。
 これらは一見すると少し幼いことのように聞こえるかもしれません。しかし、厳しい空港旅客部門の現場において、こうした基本的な行動を組織全体で実践していくことは、組織の真の力が問われる課題です。だからこそ、あえてシンプルな言葉で掲げることが重要となります。

組織文化の構築に向けた2つの柱

 では、なぜこのような当たり前の実践がそれほど難しいのでしょうか。空港旅客部門のこれまでの組織運営について、簡単に振り返ってみます。
 これまでは「生産性向上」という名目の下、どうしても稼働や効率といった数値化しやすい要素が優先され、メンバーの感情や職場の人間関係という「定性的」な要素は、優先順位が低く扱われがちであったと言えます。
 こうした傾向が、結果として現場で当たり前の実践を難しくさせていた一因ではないかとも考えられます。私たちはこの反省から学び、今後はメンバーの感情や人間関係を、これまで以上に大切にしていかなければなりません。そして、この姿勢を言葉だけに終わらせず、日々の行動へと結びつけるために不可欠となるのが、こちらの「2つの柱」です。

 柱①は、リーダーが自ら行動規範を実践し、感謝や称賛を積極的に行う「リーダーシップによる率先垂範」です。そして柱②は、人事制度への反映やメンター制度などを通じて、リーダーの行動を支える「制度・仕組みによる後押し」です。
 この2つの柱にはそれぞれ重要な役割があります。まず「リーダーシップ」が、掲げた哲学や価値観に魂を吹き込み、行動規範を形骸化させずに実践へと導きます。そして、「制度・仕組み」がリーダーの背中を支え、従業員全員の行動を促すことで、組織全体の「言行一致」を確固たるものにするのです。
 この2つの柱が揃ってはじめて、先ほど示したピラミッドの構造がしっかりと機能し、時間をかけて望ましい「組織文化」が現場に育まれていきます。

セクション3のまとめ

 セクション3のまとめです。空港旅客部門におけるリテンション促進の「真の鍵」は、短期的な「構造」の最適化と中長期的な「文化」の構築という両輪を回し続けることです。

 そして、この両輪を力強く回していく原動力となるのは、他でもない現場で働く一人ひとりです。どのような素晴らしい制度、仕組みを整えたとしても、最終的には現場で働く一人ひとりの、地道で継続的な「実践」にかかっています。このことを最後に強調いたします。

セクション4:本日のまとめ

 それでは、本日のまとめに入ります。 まず、これまでの空港旅客部門の話をまとめますと、リテンションを促進するためには、短期的な「構造」の最適化と、中長期的な「文化」の構築という両輪を回し続けることが不可欠であり、これが空港旅客部門の直面する問題を乗り越えるための具体的な道筋となります。

 しかし、こうした両輪のアプローチは空港旅客部門に限った話ではなく、あらゆる組織に共通する、大切なヒントになるのではないでしょうか。多くの現場では依然として稼働や効率性といった数値化しやすい「定量的な指標」を優先しがちですが、今こそお互いを信頼し、助け合うという、人間関係に代表される「定性的な要素」の重要性を再評価していくことが必要です。

結びに代えて

 本日は、職場の人間関係というテーマを、様々なデータや理論に基づき深掘りしてまいりました。最後に、私がこの研究を通じて最終的に目指していることをお話しして、結びといたします。

 私が目指すのは、単に離職率の低い組織をつくることではありません。働く一人ひとりが日々の業務に「働きがい」と「安心感」を見出し、「この組織で働き続けたい」と心から実感できる、温かい職場環境を実現していくことです。
 本日の私の話が、皆様の現場での実践的な取り組みに向けて、少しでもお役に立てれば幸いです。ご清聴ありがとうございました。

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