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今月のセミナー

-関西空港調査会主催 定例会等における講演抄録-

南海トラフ地震の経済影響

多々納 裕一 氏

京都大学防災研究所 教授

●と き 2026年3月24日(火)

●ところ オンライン会場

はじめに

 ただいまご紹介いただきました、京都大学防災研究所の多々納裕一と申します。本日は私どもが研究してきた研究内容に触れながら、「南海トラフ地震の経済影響」というテーマでお話しいたします。

 まず本日の構成ですが、最初に自己紹介をさせていただき、その後、災害リスク管理のレジリエンスという、イントロ的な話をさせていただきます。さらに、その後、経済影響評価の目的や方法について、続いてこれまでいろいろ行ってきた過去の調査から分かったことをご説明します。最後に南海トラフ巨大地震が起きたときの経済影響の試算についてご説明したいと思っております。

1.自己紹介

 私、多々納裕一は島根県出雲市大社町の出身でございます。地元の高校を卒業後、京都大学工学部土木工学科を卒業して、その後同大学院修士課程を修了、島根県土木部で2年間ほど技師として勤務しました。

 その後鳥取大学工学部社会科システム工学科に移り、平成9年に京都大学防災研究所の助教授となり、平成15年から現在のポジションである教授を務めさせていただいております。専門は元々土木計画学ですが、災害リスクマネジメントや防災経済分析を主な研究対象としております。

2.災害リスク管理とレジリエンス

災害リスクの構成要素

 今日のテーマに入る前に、イントロダクションとして災害リスク管理のレジリエンスについて若干触れておきます。災害リスクの構成要素は、ここで示した三つに分けて考えます。災害は、基本的には地震や水害など、我々はHazard(ハザード)とよく呼ぶのですが、そのような災害をもたらす外力が発生しなければ起こりません。

 しかし、一方で外力が発生しても、そこに人口や資産といった被害を受ける対象物が存在しなければ、それは通常の自然現象であるととらえられ、「災害」という被害をもたらすものとしてとらえられることはないわけです。
 ということは、このHazardが発生する空間にオーバーラップする形で存在している人口や資産といった被害対象物、通常Exposureと呼んでいますが、これが災害の危険にさらされているものです。
 Exposureの中でも、その災害の外力に対して脆弱なものと比較的強いものがあり、脆弱なものについて、その脆弱性の程度をVulnerabilityと呼んでいます。図にピンク色で示した部分を、脆弱な人口・資産であるという表現をしており、水色の部分が比較的強い人口・資産であると考えています。
 この場合、災害のリスクはすなわち、Hazardの正確率、そこにExposureがどれだけあるか、そしてExposureの脆弱性の程度によって決まり、この三つが基本的に災害リスクの構成要素と言われているわけです。
 このうちのExposureとVulnerabilityは我々で制御可能ですが、Hazardは制御可能ではありません。これらの二つに関して言うと、両方共我々人間の人為的な活動の結果として存在しているので、やはりこの手の災害の議論をする際にも、「人間の行動」を考えることが、一つの重要な側面になろうかと考えています。

リスク管理の手段と役割

 そのときに災害リスクをいかにして管理していくかということになりますが、大きく分けると二つの方法があります。
 一つは「リスク制御」。その中の一つが「回避・抑止」で、災害の発生を未然に防ぐことを狙った施策です。つまり先ほど述べたExposureを増やさないこと、外力がある場所に立地しないこと、そういった施策となります。「リスク制御」のもう一つの要素が「軽減」で、先ほどの図で示した脆弱性を軽減していく方策です。

 これに対してもう一つが「リスク対応」。リスクファイナンスと言われることもあります。被害の発生は抑えられないけれども、被害が起きた後でそれを何らかの形で補償することを事前に考えます。例えば保険など「リスク移転」の考え方があります。
 このようにリスク制御をしてさらに移転まで考えて対応した上で、残っているものに関しては、我々が「保有」しているリスクということになります。このリスクを私たちは持っているわけなので、それに対しどのような対応を取るか、そこまで手段を尽くした上で考えていく必要があるいうのが、ここで我々がよく言うリスク管理の総合的な対応ということになります。

災害リスク管理の原則

 このときに原則としてよく言うのが、まずは最初にリスク制御を考えましょうということ。リスクプロファイルと呼ぶこともあります。図に示したように、横軸に被害を取り、縦軸に超過確率を取ります。
 そうすると、皆様の抱えるリスクは、何もしなければ図のような右下がりの曲線になります。被害の大きなものは相対的に正確率が小さくなり、被害の小さいものは相対的に超過確率が大きくなることを示しています。
 「リスク制御」は、ある程度までの外力に関しては「被害を起こさない」あるいは「被害を軽減する」という話で考えると、ここに示すように赤いカーブから灰色のカーブの方に、リスクの曲線を動かすことができます。

 このように、まず「リスク制御」を考え、その上でさらにここまでは構造的に対応できるわけですが、まだたくさんリスクが残っています。この状態の中で「リスク移転」が可能かを検討していきます。保険などを使うということです。
 そうすると、今のところからさらに金銭的な負担を減らすことができ、ここに示すようにリスクカーブが小さくなります。ですがこの場合でも、私たちが持っているリスク自身はこの部分に存在しており、この部分に対してきちんと対応していくことが必要になっています。
 こうしていろいろな手段を講じていくことにより、考えねばならないリスクの範囲を減らせるということが一つポイントになります。
 さあ、今のような話でリスク自身の大きさを減らしていくことは可能ではあるのですが、もう一つ今度は「復興」という観点も含めて考えていくことにしましょう。
 ある一つの地域を考えていただき、その地域が時間的に経済成長しているような状況を考えます。その状況で、このジャンプが起きている時点で災害が発生するわけですが、何もしなければ赤いラインになっているとします。

 これに対して先ほどのリスク制御、あるいは被害軽減の方策を講じると、ジャンプの幅を低く短く、つまり被害を小さくできることになります。青い線が示すような、ジャンプ幅が小さくなっている状態に減らすことができるのです。
 さらに、復旧するのにかかる時間があるわけですが、この時間を短くできれば、経済の落ち込み部分を小さくすることができます。ミチゲーションすなわち防災投資とリスク制御をしていくことプラス、災害に対してのファイナンスの下準備をしておくと、リカバリーが早くなり、全体として被害を軽減することができます。

レジリエンス

 最近はこのような議論に対応して、レジリエンスを高めましょう、あるいは強靭化施策を進めましょう、といった話をしています。レジリエンス(Resiliency)は、原義的には「bounce back:元に戻ってくる」を意味します。いろいろな定義を見ていますと、「事象が発生したときにそれに抵抗する組織の能力」であると定義されていることもあります。「抵抗力」と「回復力」の合計であると考える方が分かりやすいかと思います。 先ほどの図で言うと、下に落ち込んでいる落ち込み方の程度を規定するのが「抵抗力」であり、そこから回復していくスピードの勾配が「回復力」になると思います。

 これをそれぞれどのような手段で実現できるかということですが、先ほど説明した図をより簡便化して描くとこうですが、この下側のリスク移転、あるいはその準備などを進めると、この部分で回復のスピードも速くすることができます。そういう意味では、実態として災害後の対応も大きく災害リスクの軽減に貢献しうるものだと考えることができます。

 こう考えると、やはり全体としてレジリエンスを高めていくことが非常に重要だとご理解いただけるかと思います。

3.経済影響評価の目的と方法

 ここまでが一つの原論的な話、災害リスク管理とレジリエンスという話題でしたが、次が災害影響評価の目的と方法ということで、少しまだ固い話題ですがお話していきます。
 まず、我々が一体何に対して災害影響評価を行おうと考えているのか? ということです。「ストック損失」あるいは「フロー損失」と言いますが、ストック損失を議論するだけでは、先述したようなリカバリーのスピード云々は評価の対象にそもそも入ってきません。
 我々はレジリエンスを高める方がよいと言っているので、結局はフローの損失をどれだけ減らすことができるかを考えなければいけません。ただそのときに、直接的な影響と高次の影響が両方出てくることになります。

 ストックの損失を考えなくていいかと言うとそうではなく、先ほどから申しておりますように、最初のミチゲーションのレベルに応じて経済の落ち込みの大きさは変わってくるので、その部分についての影響もストック・フロー両面のメカニズムを見ていく必要があります。
 そのために我々は、災害が起きた後、かなり頻繁に企業の皆様にご協力をいただいてアンケート調査を行っています。調査項目は、被害の状況、復興状況あるいはそのときの売り上げや生産能力、ライフライン等の復旧状況、復興のための資金の調達可能性等々です。下の方に調査を行った主な災害のリストを書いております。

 それらの調査から論文もいろいろと発表していますが、今日の話に関連しそうなものだけをピックアップして示しております。よろしければ後ほどご覧ください。

4.過去の調査から分かったこと

調査の概要

 調査の結果から分かったことについて、概要だけ申し上げます。まずこの調査でポイントとなるのは「操業能力の低下」で、最初のフローの損失が計量化できるかということです。これは実は、ばらつきはそれぞれ大きいのですが、施設あるいは設備の状況や労働、ライフラインの状況、中間財の状況などによって「操業能力の低下」が記述できることが分かってきました。

 ライフラインの回復状況は営業継続に大きな影響を与えます。その期間はライフラインの回復に要する時間に限定されるので、基本的には災害によりますが、ライフラインの回復まで、例えば数週間程度の期間での影響にとどまります。
 それ以降の話になると、設備・施設の復興状況が回復のスピードに影響を与えます。 営業停止損失は、経済全体で見ても必ずしも小さいとは言えません。後で示しますが、東日本大震災ではむしろ物的な損傷よりも営業停止損失の損傷が大きくなっていたことが分かってきました。
 中間財(サプライチェーン)の被災は、直接被害を受けていない地域にも波及し、これもかなり影響が大きいことが分かります。もちろん、プライマリーと言われる、被災地域で中間財を生産している企業が影響を受けることが第一義的に経済に影響を与えますが、そこが影響を受けていなくとも、交通施設に影響があると他の地域に波及していくことが分かっています。よってBCPやBCMが重要になるということです。

Lifeline Resiliency Factors

 方法論の話に入っていきます。先ほどライフラインの重要性の話をしましたが、こちらは2005年に取った東海地域でのアンケート調査をもとにした結果を示したものです。左側の縦列は各産業を表しており、ここでは製造業を中心に質問を行っています。

 例えば一番上が食品製造業、下へ行くと紙・パルプやスチールなども書かれています。一番上の行では、Eが電力、Wが水、Gがガスを表します。Eにだけ✕が付いている場合、電気だけが止まった状況を示します。そして電気だけが止まったときにどれだけ生産能力があるか、言い方を変えると、「電気が止まっても営業が継続できるかどうか」を聞き、「営業はまだ継続できます」と答えた業者の比率がこれらの各数字です。
 製造業の場合は概して、電気が止まると5%程度の事業所しか営業を継続できないということになります。ところが水が止まった場合は意外と営業継続が可能で、このアンケート調査では50%程度という結果が出ておりますし、ガスが止まった場合は予想よりもさらに影響が小さくなるように見えます。

ライフライン途絶抵抗係数のアンケート調査結果からの推計  

 先ほどお示しした調査は、単に地域の皆様に、災害が起きる前に聞いたアンケートだったので、それで本当に大丈夫なのかというのは、私どもも心配でした。そこで東日本大震災後に、実際にライフラインの停止に直面した企業の方々にアンケート調査を行いました。

 ここで聞いている質問は実際の生産能力の回復過程についてであり、「どの程度の操業ができましたか」というものです。それに対する答えが赤いラインで示したところで、製造業と非製造業でこのような回答が得られています。

 これに対して、「仮にライフラインが利用可能であったとしたら、その時点でどの程度生産できていましたか」という質問もしており、その答えが黒いラインです。
 この2種類のラインの差は、ライフラインが使えないことによって生まれた操業能力の差を示していることになります。

推計結果(既往研究との比較)

 この調査結果に基づいて、先ほど示したような、ライフラインが止まったときにどれだけ操業能力が残存するのか(レジリエンスファクター)の期待値を推計してみました。

 真ん中の行で示した数字が、先述の東海地区で行ったアンケート調査の結果です。そして東日本大震災時に聞いたアンケートの中に入れていた質問項目に対する回答から推計してみた数字が、その上です。ほぼ変わらない数字ではありますが、電気についてはよりシビアな結果が出ており、ガスでも同様の結果という状況になっています。ですがオーダー的に見てあまり大きくは変わらない、ということが分かってきました。
 ちなみにアメリカでも、ATCという機関から必ずレポートが出るのですが、それは専門家の方々に、「それぞれの産業に対してどのくらいの操業能力が残存するか」を単にヒアリングし、結果をまとめて集計したものです。そのレポートの数字もそれほど外れていないと思います。当初は、アメリカで取った結果と日本で取った結果はおそらく違うだろうと思っていたのですが、そんなに変わらないことがここでは分かりました。
 さて、ライフラインの話はそのような形で、例えば”Lifeline Resiliency Factors”に示したように、電気が止まったりガスが止まったり、水道が止まったりしたときの操業による残存度はもう分かるので、これを使って経済影響を測定していくことになります。

機能的フラジリティ曲線

 今度は施設に対する影響がどうなるか、という話です。地震の場合、揺れの強度に対して、同じ強度でも「操業できました」という会社もあれば「全然操業できませんでした」という会社もあります。それらを素直にヒアリングした結果から確率分布を推定します。操業能力に損傷がない企業の割合はどれぐらいあるか、全く操業できなくなる企業はどれぐらいあるか、それを分布として推計を行います。

 ある外力が与えられたとき、この例ならば「State0」と書いてある20%の企業は全く操業に対して問題がないけれども、25%ぐらいの企業は操業できない状況に陥り、その間の企業は操業度に何らかの低下が見られるということです。何%という数字を指定すると、先ほどの分布が求められているので、どの程度の操業能力が平均としてこの地域に残るのかといったことも推定できます。

ライフライン途絶抵抗係数の生産能力回復過程への反映  

 今の結果を用いると、例えば地震が起きたとき(「Disaster」の矢印)、当初の生産能力、操業能力がどこまで落ち込むかを推定できます。
 これに対して今度はリカバリーカーブというものがあります。今日はあまり説明を入れておりませんが、こちらの方も各産業別に初期の操業度がどの程度あったかに依存して、リカバリーカーブを推計しております。そうすると、リカバリーがどれくらいの時間で達成されるかが分かるので、このグラフで言うところの灰色の線で囲まれた部分が分かることになります。よくBCPなどでトライアングルのカーブがあると思いますが、その部分が推計できることになります。

 これに対してライフラインが損傷を受けた場合です。大体ライフラインは電気が早く回復し、次に水、そしてガスが回復するという順番が多いのですが、ここでは実際にどんな時間帯で回復したのかを入れて、与えられている先ほどのライフラインレジリエンス曲線の値を使って計算すると、ここで示すように、ライフラインの停止がどの程度なら生産能力の低下に影響を与えるかが分かります。
 これを先ほどのリカバリーカーブに乗じると、ここに示したようなガタガタしたカーブが出てきます。右側のパネルに書いているように、実際の被災した企業に関して言うと、ここで示す部分が結局生産能力の低下という形で与えられることになります。

Estimated Capacity Losses

 これを用いて、例えば東日本大震災でどの程度の再現性があったのかを少し検討してみました。
 こちらの図は、先ほどの機能的フラジリティ曲線――生産能力がどれだけ初期に落ち込むか――を推計するモデルの結果ですが、そこから見ると、各地域の多岐にわたる産業で、影響が生じていたということです。概して言うと、30%程度の生産能力が最初の1カ月で低下していたと推計されています。

 ここでリカバリーに関して、鉱工業生産指数を見てみます。右側に書いているのは実際の各県での鉱工業生産指数の値です。これに対して私たちのモデルで推計したものが赤い四角です。赤い四角と実際の統計データがうまく一致していると、この斜めの線上に点がプロットされることになります。

 宮城、福島、岩手に関しては我々のモデルがまあまあ合っているという印象を受けますし、茨城も栃木もそんなに外れてはいないことが分かるかと思います。
 しかし、4月になると少し傾向が変わります。茨城と栃木は我々のモデルの方がより良く回復しているはずだという、どちらかというとオプティミスティック(楽観的)な予測を出すのですが、実際にはそのようにいっていません。

 そして3カ月後になると、茨城や栃木はほぼ100%が操業能力という意味では回復しているはずだという話になるのですが、実はそうでもないということが分かってきます。このギャップは何なのか。これはもちろん、サプライチェーンの問題になってきます。

東日本大震災による産業部門への経済被害の推計方法に関する研究

 そうなると、サプライチェーンの影響をどのように計量化するかが重要になりますし、実際にサプライチェーンへの影響は本当に大きなものだったのかというのが一つポイントになるかと思います。

売上復旧過程の設定

 ですがそこへ行くまでにまずは、被災県においてどの程度のフローのロスが発生したのか、アンケート調査をもとに推計した結果を示しておきます。このグラフは初期操業度がどの程度落ち込んだかを前提条件にリカバリーの水準をプロットしたものです。初期操業度が0‐20%の最も落ち込んだグループは、1年経っても80%程度までしか操業能力が回復していないのに対して、それ以外のグループはほぼ100%の回復を実現しています。

 一番被害が軽微だった、初期操業能力が80‐100%だったグループは、実はもう6カ月後の9月には100%以上の操業能力を達成していました。言い方を変えれば、これらの比較的軽微な被害を受けた企業は、災害によってより多くの売り上げを上げたことがここから分かると思います。
 初期の被害の状況によって受ける全体としての影響がずいぶん違ってくるのはここからでもお分かりいただけるかと思います。

営業利益の減少への変換

 これをもう少し細かく考えます。災害から復旧していくわけですが、その復旧するときも固定費は支払わなければなりません。そして変動費だけは最初から復旧に伴って必要になるが、それは操業度の程度によって変わってくる。つまり実際の利益の減少を測ろうとすると、変動費の比率が少し変わってくることを考慮に入れる必要があるということです。

設備更新に関わる復旧費用の割引

 「実際の復旧がどのタイミングで行われたか」に対して、実は復旧タイミングについては、仮に災害がなくとも施設のリプレースは行われていたかもしれないと考えると、「平均的なタイミングから少し早くなっただけではないか」という議論もあります。そのあたりの部分も考慮して検討してみた結果を次にお示しします。

推計結果(地震動由来)|県別/業種別

 各企業で出てきた復旧費用および営業利益の減少の比率を示しました。これは地震動由来のみの結果ですが、営業利益の減少は3,000億円程度出ているのに対して、復旧費用そのものはワンオーダー小さく、除却費用もワンオーダーあるいはそれよりもさらに小さくなっています。

 先ほどは説明を省略しましたが、実は全体としてのコストを見ようとすると、この合計がどれくらいなのかを見ればよいことになるのですが、結局復旧費用もしくは物的損害だけを見ていこうとすると、極めて小さい数字が出てくるわけで、実際地震動由来のものがそれほど大きくなかったと考えることもできるわけです。
 しかし、これに対して営業利益の減少は無視できないもので、下手をすると10倍ぐらいの数字が出てくることになります。これはもちろん産業別ではずいぶん異なった結果にはなります。

 例えば製造業の加工組立産業であれば、復旧費用や除却費用の占める割合は大きくなりますが、サービス業になるとむしろ営業利益の減少が極めて大きくなるのです。

東日本大震災の経済被害分析のまとめ

 ここから考えると、産業全体で見ると地震動由来の営業停止損失は無視できないことになります。
物的損害だけを見ておけばいいのではないかという議論もあろうかとは思いますが、そこだけ見ているとこの部分の話がかなり過小評価されてしまいます。やはり経済影響を分析する場合は、フローの損失をきちんと見ていくことが重要であろうという結論を得ました。

考察

 ここまでのところを簡単にサマリーしておきます。このような分析を行うにはどうすればよいのか。地震動あるいは津波などの値が与えられると、その状況を考慮して、どれだけ初期操業度が低下するのかを推計します。これには機能的フラジリティカーブおよび回復関数を使い、ライフラインが途絶したときの影響も考慮します。

 これに加え、高次的な影響を見ていこうとする場合。先ほど触れました、サプライチェーンの問題がそうですが、他地域応用一般均衡モデルという手法を使って計算するのが我々のよく行うアプローチです。もちろん産業連関表や他のアプローチも使いますが、サプライチェーンのインパクトがどのように出てくるかを計算する際に、最初のインパクトをきちんと計量化していることは我々のユニークポイントの一つだと自負しております。

被災地域外での生産の落ち込みをどう表現するか

 被災地域外での生産の落ち込みを検討しなければいけないのですが、ここでは地域間代替弾力性というかなりテクニカルな言葉が出てきます。
 「どの地域でつくられた財も同じように使うことができる」という前提なのか、「ある地域でつくられた財は特殊なので他のものでは代替できない」のか、そこによって全く影響が異なってきます。そのあたりについてどのような数字を入れるのが望ましいか、ということです。

 多くの場合、災害が起きた後で取引先を変えて新しいものを使うのはハードルが高くなります。従って災害後の地域間代替弾力性はどちらかというと低くなると考えるのが適切でしょう。
 そして資本と労働の代替可能性ですが、これが代替可能であるということは、実は生産の仕方が変わることになります。よって災害後直ちに変えるのはなかなか難しいため、非弾力的であると考えます。
 また、需要の減少がより大きいのではないかという話もあります。これ自身ももちろんあるのですが、ここでは生産能力の低下に絞って議論を進めていますので、ここについてはご容赦ください。

研究で得たモデルについての論文

 今のような観点に立って論文を英語で執筆し、学会では表彰もいただきました。先ほどお話しした内容をより詳細に書いておりますが、簡単な議論については今回説明させていただきました。

 これまで説明していない話でいくと、労働賃金に関しては下方硬直性を仮定し、被災していない地域に関しての増産が比較的起きにくいような形の仮定を進めております。そうすることによって、最終的なモデルの形態を得ることができ、推計が可能となりました。

低い地域間代替弾力性+賃金の下方硬直性

 こちらの図は東日本大震災です。当初、先ほど示したキャリブレーションや代替弾力性について仮定の修正をしないということをすると、赤い点線で表した形で、被災地域では影響は出ますが被災地域外にはあまり波及しないという結果が出てきます。もちろんSCGEモデルなので、代替できることを基本的には考えているため、そのような傾向が出やすいのは間違いないわけです。

 従って今のような仮定を置くことにより、図のようなシルバーのラインの形になり、ほぼ実際に観測されたものを再現することができています。以降の分析にはこの手法を使っていきます。

東日本大震災の産業面への影響

 東日本大震災のケースでの再現結果です。「Factor damages」とは資本や労働の損傷、「Lifeline damage」はライフラインの影響、「General equilibrium effects」はサプライチェーンの影響です。基本的には、東北の被災地域ではサプライチェーンの影響はあるもののそれほど大きくはなく、資本の損傷やライフラインの損傷といったものの影響が非常に大きい。

 関東の被災地域では、今度は反対にサプライチェーンの影響が極めて大きくなっていることが読み取れます。
 それ以外の地域は、基本的にはほとんど全てがサプライチェーンの損傷による影響であり、全体で見ると、被災地域での影響よりもサプライチェーンを通じた影響の方が2倍程度大きくなっていることが観測できました。こう考えると、サプライチェーンの影響をいかに防いでいくかが重要になります。

 もちろんそのためには、先ほどから申し上げているように被災地域で生産能力が低下しないようにするのが一つの解決策となります。もう一つの方策は、被災していない地域においても輸送がしっかりできるようにすることが非常に重要であり、輸送機能の早期回復がやはり重要になってきます。

5.南海トラフ巨大地震の経済影響の試算

南海トラフ巨大地震の経済影響(試算)

 さていよいよ本題の南海トラフ地震の経済影響に関する試算結果についてお話していきます。Springerから、先ほど述べた方法をまとめた『Methodologies for Estimating the Economic Impacts of Natural Disasters』という書籍を出したのですが、同書の5章に「Economic Impacts of a Nankai Megathrust Earthquake Scenario」として入れ、試算結果を示しています。

 南海トラフ地震は、皆様もご承知のように内閣府等を中心にいろいろな検討が行われています。地震対策本部の検討でも、最近新しく発生確率の推計結果が2通り示されるようになりました。我々がよく知っているのは、30年以内で60%~90%の発生確率があるというものです。

 この地域では90年~270年程度の間隔で大きな地震が繰り返されています。それはなぜかと言いますと、年間8㎝程度動く太平洋プレートと、4cm程度動くフィリピン海プレートの両方が重なっているエリアに日本が存在しているからです。日本は大きな地震が起きやすいエリアにあるということです。
 どのあたりに固着しているエリアがありそうか、いろいろと過去の地震結果等を用いて推計しました。すると、緑色の部分にかなり大きな地震の揺れを出すと思われる部分があるのではないか、ということも分かってきました。そのようなデータを参考にしながらさまざまなケースを想定しています。

 最も被害が大きくなるケースは、例えば図のような陸側ケースと呼ばれるもの。津波に関しても6パターンぐらい検討されていますが、ここでは標準シナリオと呼ばれるものを使っています。

 内閣府でも試算が行われており、どの程度の被害が出てくるかについても検討されています。そこでの試算結果は、最新のものでは基本ケースで37.9兆円、陸側ケースなら45.4兆円が出るとしています。

多々納氏らの試算ケース

 さて我々の試算ケースはどうなるかということなのですが、まずお断りしておかねばならないのは、先ほどの議論でいくと、「揺れと津波が来たときに、被災地域での生産能力の低下がどういう影響をもたらしたか」という計算をしているだけで、「交通機能損傷あるいは他の地域からの代替的な物品が届く・届かない」といった話は検討結果には入っていないということです。

 そしてもう一つ、需要の変化はここでは考えておらず、生産能力の低下だけから出てくるものを見ています。だから最初の3カ月だけを見ています。もちろんそれ以降にも影響は残存するだろうことは、この計算結果でもある程度分かってきてはいるのですが、ここでは需要が影響を受けないという仮定がある程度妥当するだろうと思っている期間を入れている、あるいは「短期的な影響」という言い方をしていますが、そういった範囲に絞って行っているのでこのような試算になっていることをお断りしておきます。
 そうして考えると、ここに書いた32兆円、これは当時内閣府が出した想定29兆円とあまり変わらなかったのですが、先述の最新の試算と比べると少し小さくなっている気がします。ただ3カ月後、この試算でも全国で生産能力が84%までしか回復しておらず、16%分が3カ月経っても棄損したままです。やはり南海トラフ地震の影響は甚大であることが分かります。
 産業別に見ていくとどうでしょうか。著しい影響を受けるのは、Transportation machinery、中でも乗用車が大きいことが分かります。それ以外にももちろん、最初に影響を大きく受けるのは沿岸部に立地している産業ではあるのですが、ここの計算結果では、過去のリカバリーの傾向から考えると比較的早めに回復するのではないかと見ています。

 ただ津波による各産業の影響、リカバリーは、実は我々もまだこの時点では推計をそれほど明確にできていないので、津波の影響によってリカバリーが遅れることはもっとあり得るだろうと思っています。

被災後1カ月~3カ月後の生産能力の棄損率

 そういった条件はあるものの、ここで時間的な推移が分かる図をお示しします。最初の1カ月を集計したものですが、全国ベースで集計しているので、先ほどの地域別の違いの部分は消えてしまっています。

 各産業にわたって、基本的にはプライマリーな最初の生産資本の減少が大体2割、ライフラインのダメージが1割程度で、サプライチェーンを通じた影響が、産業によりますが2、3割程度というのが傾向として多く出ています。
 しかし、自動車産業への影響は全部で7割を超えているので、結構大きなサプライチェーンインパクトが見込まれることがわかります。
 2カ月経つと、ライフラインの影響はだんだん減ってきて、3カ月になるとほぼ消えます。が、やはりサプライチェーンの影響、そして最初のファクターダメージが残存しています。

 これは何かと言うと、実は津波の影響を受けている地域に関しては、簡単にリカバリーしないのですが、先ほど述べたように、どのくらいリカバリーするかについての正確なカーブを我々ははまだ持ってはいません。そこについての話を、仮定ではありますが考慮すると、やはり3カ月後程度では大きな生産能力の回復は見込めない地域が多いことが、この結果に関連して出てきています。

まとめ

 このあたりでまとめます。今回の話のように、このような試算ができるようになりました。そこから結局何がわかるかというと、経済に与える影響ではそれぞれのセクターに対していろいろと大きなものが出てくるし、サプライチェーンの影響も非常に大きいため、それぞれのサプライチェーンをいかに健全に保っていくかがポイントになるだろうということです。
 最初に申しましたが、被災地域のことも考えると、まずはリスク制御をして被害の軽減を図ります。その上でリスク移転を行い、起きた被害をできるだけ多くの方々とシェアできるようにします。さらにその上で、どのような対応をしていくかを考える、こうした管理をしておくことが極めて重要であることが分かります。

たとえ被害を受けたとしてもその影響拡大を阻止できる

 これらを改善するためには、やはりサプライチェーンやライフラインを改善していくことが極めて重要であろうと思いますし、リスクファイナンス等の仕組みをうまく利用して、対応を進めていくことも大事です。あるいはBCPのような実際の対応を考えておくことも重要でしょう。
 より長期的な復興を考えていくならば、事前復興計画と事業の復興状況を念頭に置きながら、早期の復旧に取り組むことがおそらく重要になろうかと思います。

 雑駁ではありましたが、私のお話はこのあたりで終わらせていただきます。ご清聴どうもありがとうございました。

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